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【連載小説】永遠が終わるとき 第三章 #4

翌日の日曜日。
あれだけ食べて飲んだのにもかかわらず、スッキリとした目覚めだった。

カーテンを開けると澄んだ高い青空が広がっていた。よほどグッスリ眠ったのだな、と思う。

昨夜は純粋に楽しかった。
また行きましょう、と言葉を交わし駅の改札で別れた。
帰りのメトロの中で『今日はありがとうございました! 気をつけてお帰りください。次を楽しみにしています!』という深山さんからのメッセージを受け取った。

これは、恋が始まる予感なのだろうか。
これまで歳下の男性とお付き合いしたことなんてない。初めての感覚だ。

けれどふと、野島部長が頭をよぎる。

そういう時いつも瞬間チクリと胸が痛む。
その後に、彼の凛々しい姿に身体がじわりと熱くなる。

深山さんは野島部長とは対照的だ。彼はとても温厚で柔らかな人。どちらかといえば雰囲気は飯嶌さんに近いかもしれない。2人の歳が近いせいもあるかもしれないが。

深山さんが春なら、部長は秋か冬。
部長が北風なら、深山さんは…太陽…?

私は、深山さんに微かな期待を抱いているのを自覚した。
今まで日の目を見ない、真夜中のトンネルと彷徨っていた私に、光を与えてくれる人かもしれない。

ただ…好きになれるのだろうか。
あの人以上に愛することが、出来るだろうか。

* * *

システムテスト期間中は忙しく、深山さんと次の約束をする間もなく過ぎていった。

深山さんは複数の会社を掛け持って知見が豊富なためか、問題対処に対して斬新な意見を出してき、それが功を奏することもあって新鮮な経験を重ねることが出来た。

そうして10月も半ばを過ぎ、ようやくリリース前のテストまでこぎつけた。ここで大きなバグがなければスケジュールは大幅に遅れる事はない。

そんなある日のリーダー会を深山さんが欠席した。そう毎回参加する方がだいぶ無理があったと思われる。

「今日深山社長が参加できないこと、残念がってました」

そう声を掛けてきたのは、先方の女性ディレクターである。

「そもそもとてもお忙しいでしょうに、週末の大事な時間を空ける方が大変ですよね」
「それでも」

女性ディレクターは私に身を寄せ、小声で耳打ちした。

「前田さんがいらっしゃるから、全力で予定調整されているんですよ」
「えっ!?」

周囲が既にそんな風に見ているとは思わず、つい声を挙げてしまった。

「深山社長、絶対前田さんのことお気に入りですよ」
「そんな…だって深山さんのような方…周囲も放っておかないでしょうに。もうどなたか良い方がいるとばかり思っていました」

少々、カマをかけてみる。

「確かに、社長はものすごく人気がありますけどね。意外と陰キャなんですよ」

本人が "内向的" と表していたことは、どうやら本当らしい。陰キャとは最近はそうネガティブな言葉でもない。

「全然そうは見えませんけどね。笑顔も素敵だし」
「あら? もしかして…両思いですか?」

ニヤニヤとしながら彼女はそんなことを言ってくる。

「そんなこと…深山さんに失礼です」
「いえいえ、ぜーったい大喜びですよ、社長。前田さんが "笑顔が素敵だ" っておっしゃってましたよ、なんて報告したら、たぶん空飛んで帰りますよ」

彼女はなかなか面白い人だ。そういう彼女は、深山さんのファンではないのだろうか。

「私ですか? あ、指輪してないですけどもう旦那もいるので…」

あ、なるほど…。

「まぁ愛らしい陰キャって感じですかね社長は…。前田さん是非よろしくお願いしますね」
「な、何をですか?」

フフフ、とまた彼女はドヤ顔で、指で肩をつついて来た。

「冗談はさておき、そろそろプロトも出来上がりますし、試験運用する際は、あちこちに挨拶周り行かないとですよね」
「そうですね。検証段階なので何でも忌憚なく意見をもらえていけたらと思っています」

そうして仕事の話も済ませ帰社する途中、深山さんからメッセージを受け取る。

今日は参加できなくて申し訳ありませんでした。何か困ったことなどは起こっていませんか?

そんな事は普通、自分の部下に訊くことなのに…。先程のディレクターの話も相まって、なんだかくすぐったい思いがした。

順調ですよ

一言だけ返し、あとは終業まで集中した。

* * *

一日の業務が終わり、デスクを片付けてスマホを見ると、再び深山さんからメッセージが入っていた。

しばらくちょっと立て込んでいる別件の対応が続きそうで…。なかなかふんぞり返って過ごすわけにはいかないものですね 笑
とはいえプロジェクトも佳境ですので出来る限り注力します。
無事リリース完了したら打ち上げやりましょう!

返信を考えていると、斎藤室長が近づいてきて言った。

「前田さん。12月の年末役員総会に野島部長が出席されるのでこちらにいらっしゃるそうですよ。ちょうどプロジェクト終わる頃合いじゃないですか。良い報告が出来るといいですね」


* * *


「前田さん…今日はもしかしたらお疲れだったのではないですか? テストの間ずっと帰りも遅かったんですよね?」

リリース判定会では予定通りリリース可となりホッとするも、深山さんからそんな言葉をかけられて驚いた。そんなに態度に出ていたのだろうかと。

「いえ、そんなことはないです」
「では、何か気になることでもありましたか? ひどく考え込んでいらっしゃるようですが…」

もうしばらくしたら、野島部長が来る。ほんの2〜3日ほどの滞在だと聞いたが。
年末の役員総会に出る。部長になったばかりの彼がなぜ? もしかして…?

あれこれ考えながら会ってしまったら気持ちが戻ってしまうのではないかと、恐れている。
せっかく新しい世界へ動き出しそうな予感がしているのに。
光の射す方へ抜け出られるかもしれないのに。

けれどその光はまだまだ私にとって弱いものなのだと認識する。
一気に闇に引き戻される。
甘い闇の中に、非常な強い力で。

避けられるものなら、会うのは避けたいと思った。

「前田さん、今日は早めに帰って休んでください。宴会は打ち上げまでのお楽しみでストップさせておきましょう」

ハッとする。いけない。何てことを考えているのだろう。

「大丈夫です。ごめんなさい。考え事でした。でももう大丈夫です」

深山さんは尚も眉をハの字にして私を見ている。申し訳ないことをした。仕事の関係のない、他の人のことを考えるだなんて。

そこからは深山さんの心配を払拭するよう話題を変え、先日女性ディレクターが「深山社長は陰キャだ」と話していたことを伝えた。おそらく彼の社内の空気や人間関係上、話しても問題なさそうな間柄だと思った。

「え~、彼女そんなこと言ってたんですか。陰キャか、酷いな~。まぁ間違ってませんけどね」
「こうして話しているとそんな風には本当に感じないので、二面性があるということで得をしていると思います」
「え~! 本当ですか? 前田さんにそんなこと言ってもらえるなんて、嬉しいな」

話が盛り上がってくると、彼の口調が砕ける。それが何だか心地良い。

ディレクターも話していたように、彼の好意を感じていた。
とても控えめなそれは、私にとっても新鮮だった。

ただ私は…新しい風にすぐに踏み込めないジレンマを抱えていた。




第三章#5へ つづく

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