【連載小説】奴隷と女神 #24
「えっ、ストーカー? 環、お前男をすぐその気にさせてんだろ?」
早速翌日夜、同期の青山くんを呼び出し志帆も含めて4人での緊急会議が会社の近所の焼鳥店『鳥謳』で開催された。
ここは焼鳥の他にジビエも食べられて、ワインの種類も豊富だ。
青山くんは歯に物着せぬ言い方をするが、そこはもう気心知れた同期、環もへこたれない。
「言い方ー! 」
「ってか家まで来るってマジで恐ろしいんだけど。併せて警察にも相談に行った方がいいぞ」
「警察ってアテになるのかな。よく事件のニュースとかで、以前から相談はしていたものの防げなかった、とか聞くじゃない」
「ってかそんなにヤバい奴なん?」
「本当にヤバい奴だと思ったら家まで送らせないよ」
「じゃあまんざらでもなかったってことか」
「うん…まぁ…もう少し様子見ようかなって」
青山くんは呆れたようにため息をついてビールをグビっと飲んだ。
「久しぶりに同期から呼び出されて、何だよハーレム飲み会かとワクワクして来たら、環のストーカー騒ぎとはなぁ」
「…悪かったわね…でもこういうの男手があった方がいいって、昨日小桃李とも話し合ってさ」
「まぁな…」
志帆はすっかりビクついてしまっている。環が殺されたらどうするのー、と。
「いきなりそんな殺人事件にはならんて」
「わからないじゃない! 今はSNSにアップした写真で何でも特定されて、盗聴だとか盗撮だとか好き放題される世の中なんだよ?」
志帆はなまじシステム開発に絡んでいるせいか、裏の仕組みも詳しくて過剰に心配してしまうのかもしれなかった。
「志帆、落ち着こ。話ズレてきちゃうから」
私は志帆をなだめ、一緒にトマト串を頬張った。しかし灼熱爆弾で口の中をやられた。
「環、相手のことブロックしてんだよな?」
「当然」
「ちょっと解除して、電話かけてみろよ」
「えっ、えぇ!?」
「大丈夫。いざとなったら俺が変わってやる。どういうつもりなのか相手の腹を探らないと、この先の予想がつかない。それはただ無駄なストレスを生むだけだ」
青山くんの言うことは最もだと思われた。引っ越しは必須だと思うが、そんなにすぐ出来るわけでもない。
「環、今ならみんないるから大丈夫だよ。話終わったらまたブロックすればいいんだし」
そんな説得に環は渋々従った。
環はアプリを操作し、スピーカーフォンにして電話を掛けた。
3回のコールで相手が出る。
『もしもし? たまちゃん!?』
“たまちゃん” …!
私と志帆は吹き出しそうになったのを口に手を当てて辛うじて堪えたが、青山くんは崩壊した。
シーっ!と全員から制される。
“お前、なんて呼ばせ方してるんだよ…!“
“静かにして! 今はそこじゃないでしょ…!“
「も、もしもし」
『たまちゃん、昨日はいきなり家まで行ってごめん。でもずっとメッセージ見てくれてないから、一人暮らしって言ってたしもしかしたら何かあったんじゃないかと思って、心配になって行ったんだ』
青山くんと志帆と私は互いに顔を見合わせた。
心配はわかるが家まで来るのはやり過ぎだ。彼氏ならともかく。
でもそこが環の “絶妙な匙加減” で保留にされた男の勘違いなのだろう。悪いのは彼だけじゃない気がする。
「わ、私は何ともないので、家にまで来られるのはこ、困ります」
『ごめんなさい。無事で良かった。次、いつ会えるかな?』
「え、それは…」
青山くんが口パクで ”二度と会わないって断れ!“ と言っている。
「あの、もう会うことはないです」
『えっ、どうして?』
「その、家まで来るような人はちょっと…」
『僕は心配したのに!』
それまで口をつぐんでいた青山くんだったが
「あのー、僕は環の会社の同期の青山って言いますけど」
突如言葉を発した。電話の向こうも突然の男性の声に慌てた様子だ。
「環は突然家にまで来ちゃうような男はもうアウトだって言ってるんですよ。わかりますよね? 日本語」
私と志帆は慌てた。それは無駄に相手を刺激するのではないか、と。
「環めっちゃ怖がって、困ってるんですよ。引っ越しも当然考えてて。余計なお金もかかっちゃって」
「…」
電話の相手は黙ってる。
「今この電話の周りに環の同期3人いるんですけど、みんなあなたのこと認識したんで、何かあったらただじゃおかないですからね」
青山くんがそう言うと向こうから電話を切ってしまった。
「本当は本人を呼び出して環の連絡先目の前で消させたいんだけどな」
「ちょっと青山くん。返って相手を刺激したんじゃない?」
志帆が心配そうに訊く。
「そこまで度胸ある奴に思えなかったけどなぁ」
「そういう "意外な奴" が一番危ないっていうのよ!」
環は不安そうにスマホを見つめている。
「とりあえず今日は松澤か山根か、環の家泊まってやれよ」
「青山くんも一緒に行こうよ」
志帆の言葉に青山くんは「えぇー俺もー!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「万が一の男手で頼みに来たんだから、そもそも」
私も応戦する。
「そんなに押しかけたら環が…」
「ウチは大丈夫」
力強い目で環は言い切った。
私たちは店を出て、途中のコンビニでお酒やつまみを買い足して4人で環のマンションに向かったが、建物の前には誰もいなかった。
そのまま環の部屋なだれ込み、仕事や恋愛観など激しく際どい話をして、みんな床で寝落ちした。
ただの2次会になった。
夜中に目を覚ました私は、スマホをチェックする。
響介さんからメッセージは入っていない。もう3時半。私からもこんな時間にメッセージは送れない。
会いたい。話したい。抱き合いたい。
切なくて胸が張り裂けそうだった。
スマホを胸に抱いたまま、再び寝落ちした。
翌朝目覚めて全員青ざめ、慌てて4人揃って出勤した。
その後はどうやら青山くんと環で対策が進められていったようだ。
#25へつづく
【ご紹介した店:鳥鴎】