飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #9 ~お祝いを渡す
翌週月曜朝。
野島次長は僕よりも先に来ている。産まれたばかりの子供がいるっていうのに、すごいなと思う。
「次長、おはようございます!」
野島次長は僕を見ると、手招きした。
「何でしょうか?」
「これがいいって」
そう言って小さなメモを差し出してきた。そこには「抱っこ紐」と書かれていた。
「あ、奥さんからのオーダーですね! かしこまりましたぁ!」
野島次長はニヤリとした。
少しして前田さんが出社してきた。
「おはようございまーす」
「前田さん、次長の奥さんから、オーダー預かりました」
そう言ってメモを見せた。
「なるほど…抱っこ紐…」
「お互いネットでどんなのがいいか探してみて、決めましょうよ」
「そうですね。そうしましょう。あまり時間を空けない方がいいので、早めに決めましょう」
僕は女性の意見として美羽にも相談してみようと思った。
まぁ、美羽も子供産んだことがあるわけではないけれど…。
その日の朝会で、既に各チームから工数出しが揃い、全体スケジュールに落とし込むところまで前田さんが作業を終わらせたがと報告があった。
「管理計画ではアウトプットするものを洗い出し、漏れがないかどうかを前田にチェックしてもらえ。工程管理では、上流工程に時間がかかるとスケジュール遅延の最もリスクとなるところだから、要件定義の期日はシビアに取るようにしろ。時には合宿でもやってもらって、期日までに仕上げるように促すとかな」
「合宿って…まさか山奥に籠もったりするんですか?」
がそう言うと次長は笑って「違う違う」と言った。
「まぁ山奥に籠もれた方が気分転換になったかもしれないけどな。籠もるのは会議室だ」
危ない。会議室なんかに数日籠もるなんて、そりゃ合宿ではなく監獄だ。
* * * * * * * * * *
その日の仕事帰りに美羽の家に寄った。
「ね、抱っこ紐が欲しいんだって。どういうものがいいか美羽の意見も聞きたいなと思って」
「私、子供産んだことないのに」
そう言って美羽はケラケラと笑った。
「奥さんにも、次長さんにも会ったことないからなぁ」
「んまぁ確かに…」
「でもやっぱり最近の抱っこ紐っていったら、機能性よね」
そう言ってスマホをいじりだした。商品検索をしてくれているらしい。
「ピンきりなのね…どういうのがいいのかしらね」
「本当だ。高すぎてもアレだし、安すぎてもなぁ…」
「機能性を高めると、結構存在感出てきちゃうのね」
その中でも2人でいくつかピックアップし、後は前田さんとも相談することにした。
「そういえばどう? プロジェクトの方は。リーダーって大変?」
「うーん、なんとか管理なんとか管理って、管理ばっかり。地味なことばっかなのに細かくてやることがいっぱいあって。周りの人がみんな優秀だから良かったけど、だからこそ僕なんかいなくっても全然良さそうなのにさ」
「ふぅん…」
「美羽はいいよな。入社1年目から希望の部署に配属されて」
「色々やらせてもらっているけど、もうてんやわんやだよ。プレッシャーもあるし」
そうは言っても美羽は充実しているように見えた。
付き合う前から何となく感じていたけれど、美羽は頭もいいし器用にこなすし、多分人当たりもいいから仕事はスムーズなんだろうな、と思う。
それに比べて僕は…。
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翌日朝。
前田さんが出勤してきた時に、昨日美羽とピックアップした商品を見せた。
「なるほど…。私は他にカバンとか持つ必要がないように、機能的なものがいいかなと思っていたのですが…。そういえば飯嶌さんは奥さまにお会いしたことがあるっておっしゃってましたよね? 小柄な方ですか?」
「あ~、そうですね。背は高くなかったなぁ。次長の…胸元辺りだった…かな」
僕は自分の手を胸元で切る仕草をした。正直あまり憶えていない。
スーパーで会った時はあまり気にしていなかったし、お家に行ってからは座っていたし…。
そこで野島次長が席に着くのが視界に入った。
「あ、次長!」
僕が野島次長の元へ行こうとすると、前田さんが制した。
「ちょっと飯嶌さん。また直接訊こうとする!」
「え、いいじゃないですか。一番正確ですよ」
「飯嶌、なんだ」
野島次長から声をかけられ、前田さんはしぶしぶ引いた。
「次長の奥さんの身長って、どれくらいですかね?」
「身長?」
野島次長は宙を見てう~ん、と唸った。
「152とか3とか、そんなもんじゃないかな」
「なるほど…そんなに大きくないですね」
僕は取ったどー!の勢いで前田さんの元に寄ると、案の定前田さんは眉間に皺を寄せていた。
「飯嶌さん、次長はお忙しい方なんです。仕事の相談はいくらでもいいと思いますけど、あまり関係のない話で時間を使わないようにしてください」
「もう、前田さん真面目で堅いんだから。奥さん、背は低い方ですね」
前田さんは呆れた顔しつつも、再び商品を絞り込んだ。
「飯嶌さんたちのご意見も交えて、これはどうでしょう?」
前田さんはスマホの画面を僕に見せた。
「お、いいのがありましたね。美羽も藍染とかいいんじゃないかって言ってたので、これだとみんなの意見が集約されてますよね」
「じゃあ、これにしましょう。注文は私が行っておきますね」
「よろしくお願いいたします!」
無事、注文の手配を行ってもらい、翌週には次長に手渡すことが出来た。
朝会の前、野島次長が自席にいる間に渡そう、となり、朝一で襲撃した。
「次長、これ僕たちからお子さんのお祝いです。モノはバレバレですけど」
野島次長は照れくさそうに頭をかいて受け取った。
「私達と、飯嶌さんの彼女さんもご意見をくださって選びました。みんな子供を持ったことのない素人ですが…」
前田さんが申し訳なさそうにそう言うと、次長は「とんでもない、ありがとう」と言った。
後は奥さんが気に入ってくれるかどうか、だ。
後で聞いたところ、奥さんから ”身長は154cmある!“ と怒られたとのことだった。小柄な人は1cmにこだわるものだ。
でも僕たちが選んだプレゼントはとっても気に入ってくれたとのことで、僕たちはホッと胸をなでおろした。
この頃はまだ、こんな余裕もあった。
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第10話へ続く