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【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #12

12月に入ってからは透さんたちと "例の連弾の件" でやりとりをしていた。

さすがに1台のピアノでの連弾は難しいので、ちょっと趣向を変えて2台のピアノでの "アンサンブル" という形で何か1曲遊んでみない? と言われ送られてきた楽譜はガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』だった。

めちゃめちゃ上級レベルじゃないか、と悩んだ。
Jazzyな曲だから息遣い、間合いなど、日頃どっぷりと一緒に練習でもしない限り不可能なのではないか、と。
もっと簡単な曲にしましょうよと訴えたのだが、彩子さんが横から

『ちょっとぐらいズレたり "時差" が生じても、それはそれでライブ感があってファンキーでいいじゃないと思うのよ。だってなんて言ったって "遠隔アンサンブル" なんだから』

と言った。どうやら僕らの “約束” を聞いて遊びを思いついたのは彩子さんらしかった。

けれどなんだかちょっと無茶苦茶な感じが返って面白いかもしれないと思い、僕がプリモ(1stパート)、透さんがセコンド(2ndパート)担当することに決め、毎晩のようにオンラインで繋いで小1時間ほど一緒に練習をした。メトロノームを双方で使い、基本リズム合わせる形で進めた。

僕は元々打鍵の激しめな曲が好きだったから、思いの外楽しむことができた。
練習では始めの頃はぎこちなさが強かった透さんも、次第に純粋に楽めているようだった。
メロディとハーモニーの間合いが合った時は、叫びたくなるほど気持ちが良かった。

練習の後は透さんが自身の強迫症の症状と曝露療法の内容について話してくれる事があった。強迫行動を治療として我慢しなければいけない状況(スーパーでの買い物など)を聞いた時は、僕も身体の芯が震える気がした。

また互いの父親についても話し合ったりした。父親との “やや変わった関係” の話を共有したり共感出来たりすることは、僕にとってはありがたいことだった。
こうして「話せる相手」として関係が深まっていくのも感じた。

人付き合いの苦手な僕が、だ。

* * *

そして12/23の夜に透さんたちのYouTubeチャンネルから『クリスマス・イブイブ・セッション』としてライブ配信することになった。
僕もびっくりだったが、

『そういうの透さんは大丈夫なんですか?』

僕が尋ねると

『だからあえて、というのもあるわ』

と彩子さんは答えた。僕らが楽しく、そして思いの外クオリティの高い “アンサンブル” を成しているのを見て思いついたんだという。

それはある意味透さんにとっての曝露行為(エクスポージャー)でもあるらしかった。完璧な状態を作れない状況で、あえてゆるいところもライブ配信する、ということ。
まぁガチガチのライブと言うよりは、おしゃべりの後ろで気ままなセッションをしている、という体の緩さで行こう。ちょっとズレたり間違ってもご愛嬌…途中で止めないでやり過ごす。その辺は2人の息に任せる、と彩子さん。なるほど。

でも大丈夫かな…。相当な荒治療に思えるんだけど…。
一歩間違えれば大惨事になると思うのだけれど…。
いや僕だって相当なプレッシャーだぞ?

案の定、透さんは緊張が強いように見えた。

『観客なんてジャガイモと思うようにしましょう。僕もオンラインセッションなんて初めてなんですから』
『それを言うならカボチャじゃない?』
『どっちにしたって緊張は変わらないよ!』
『そもそもオンラインだから相手の顔見えないじゃないですか!』

なんてやりとりを僕と彩子さんと透さんで交わし、素人ながらほぐしていこうと試みる。


実家からは24日のパーティのお誘いメッセージが入った。
クリスチャンでもないのに母と妹と僕、家族が3人になってからは子供の頃から毎年、地味ながらもクリスマスパーティをしている。
普段よりちょっとだけ豪華な料理、ケーキ、そしてささやかなプレゼント。

以前母に、どうしてクリスマス・イブにパーティするの? と訊いたら

『単純に昔から好きなのよ。みんながワクワクソワソワするでしょう? 街もきれいになるし。なんか、みんな平等にっていうか。もちろん中にはそれどころじゃない人だっているだろうけれど…。でもイブの夜くらいはちょっと特別な気持ちになっていいじゃないってね』

と答えていた。
父とはクリスマスの思い出が何かあるのか訊いてみたけれど、実際一緒に過ごしたクリスマスは一度きりだったと言い、

『何だかんだ、ちゃんと付き合い出したのが高3だったからね。最初のクリスマスは駅前のドーナツ屋だったかな。受験勉強をしながら、ケーキの代わりにドーナツ食べて…プレゼントは靴下交換したっけ。クリスマスだからって。
その次の年はもうアイツ東京にいて、会えなくて、プレゼント送ってきたんだよね。ゴールドのネックレス。嬉しかったけど、やっぱり寂しかったな』

そんな風に2人は恋人として過ごした時間が僅かだったというのに、それからもう20数年、付かず離れずということになる。


僕が、いるから。


僕が今こうしていることは2人にとって…本当に良かったんだろうか。
僕が父の存在を探らずにいたら、今頃2人はもっと穏やかで平和な日々を過ごしたんじゃなかろうか。

そんな答えのない問いを投げても仕方がないことを、流石に僕も学んでいる。

全てはなるべくして、今ここにこうしている、と。


僕は23日に連弾のライブがある旨を母と、念のため父にもメッセージで送り、仕事帰りに駅前のデパートに寄って母と妹へのクリスマスプレゼントを物色した。

* * *

12月23日。

19時からライブ配信予定だったために、僕は午後半休を取った。

数日前から遠隔地でのライブ演奏が出来るアプリを使ってリハーサルを行っていたものの、やはり透さん・彩子さんのチェンネル視聴者が観るのだと思うと下手なことは出来ず、準備を周到に行わなければと思った。
まぁまず「誰だコイツ」から入るはずだしな。

カメラはそれぞれの場所に据え、切り替えたり同時に映したり、音声のミキシングなどそういったコントロールは透さんたちの仲間が先方で行ってくれることになっていた。
僕はアプリを立ち上げてカメラに向かって演奏をすればいいことになっている。

互いに都心に住んでいるわけでも極端にど田舎なわけでもなかったせいか、幸いネットワークの大きな遅延はリハ中もあまり感じられなかった。

このライブは録画して透さんたちのチャンネルでも公開を続けるから、まぁいつでも観られると言えば観られる。
だから父にも一応ライブ配信の日程をメッセージしたものの、いつか観てくれたらいいな、くらいの気持ちだった。


元々僕の部屋に物は少ないが、なるべく余計なものが映らないように片付け、シャワーも浴びて髪や服装も整えた。黒いシャツに黒いジャケットを羽織り、クリスマスなので赤いチーフを胸のポケットからのぞかせた。そして透さんはサンタの帽子を、僕はトナカイの耳と角のカチューシャを付けた。
衣装に関しては透さんとも話を合わせている。

ライブ配信ではあるが、本番一発勝負ではなく、時間内で何度か息合わせの演奏をした後に、まとめの本番演奏をする、という流れだ。

時間になり、配信が始まる。

『みなさんこんばんは。彩子です』
『透です』

いやー、流石に透さん、表情硬いな…サンタの帽子とのギャップが半端ない。僕にも緊張が伝わる。
彩子さんはよく見ると、透さんの背に手を回して “リラックスして” と促しているようだった。

『今回はクリスマスイブのイブということで…少し趣向を変えて、ピアノ音楽をお届けしたいと思います』
『しかもアンサンブルと言う形で。遊び心でしかないので、その辺りは是非広い心を持って楽しんでいただければ幸いです』
『アンサンブルの相方は…こちらの方です』

僕のカメラの映像が映し出される。

「あ、皆さんど、どうもはじめまして。ひょんなことからアンサンブルを弾かせていただくことになりました、あの…川嶋と言います。僕はその…全然プロでも何でもなくて、たまたま透さんたちのいる "フェルセン" という店に旅行がてら立ち寄っただけで…ですがそんなご縁で今回このような機会を設けていただきました。拙い演奏で本当に恐縮ですが、皆さんと一緒に楽しめたらと思います。よろしくお願いします」

カメラの横に据えたカンペを読むだけだが普通に詰まったし、顔はガッチガチだった。透さんとあまり変わらない。

『じゃあ、早速 "慣らし" を始めていきましょうかね。ちょっと色々喋りながら…ちょっとしたリハーサルを皆さんにお見せする形になりますけど、まぁそんなのもライブの一つとして、面白おかしく見てもらえたらと思います』

そうして透さんと僕はピアノの前に座り、お互い目線も合わせながら鍵盤に指を置いた。





#13へつづく

Information

このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。

発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。

そして下記拙作の後日譚となっています。

ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.

TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、
偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。

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