あなたがそばにいれば #16
Arisa
7月後半。
会社では短期のサマーインターンシップの受け入れが始まった。
企画営業部は担当部署ではないのでほとんど関係がないのだけれど、若手から中堅の社員で、まぁまぁ見てくれの良い飯嶌さんなんかは座談会やフォローアップなどのこまごまとした学生との接点を持つイベントにアサインされている。
「僕を気にって入社を決める人もいるかもしれないから、スーツはちょっといいやつ着てこないとな~」
飯嶌さんのすごいところは、そんな台詞が冗談なのか本気なのか、よくわからないところだ。
「飯嶌さん、学生には先輩社員の見た目ではなくて中身で決めてもらわないと、会社の将来が心配になります」
「中身も立派になりましたよ僕。次長と前田さんのお陰で」
「そこは否定しないでおきますけど」
「そこは否定しないんだ」
それでもニコニコとしている飯嶌さんには、呆れと安堵のため息が出てしまう。
「明日は初日の座談会があるんですよね? 今回の学生は何名くらいくるんでしたっけ」
「8名って言ってたかな? 男女4名ずつって聞きました。でもなんでウチの部は受け入れないんですか? ウチこそ学生に見せびらかせたい魅力的な部署だと思うのにな~」
「最近は新卒も配属されませんからね。飯嶌さんの同期の中澤さんは新卒配属って言ってましたね。相当優秀だったんでしょうね」
「それ、僕に対する嫌味ですか」
「そんなことないです。あとは飯嶌さんの1つ後輩の橋本さんも新卒配属でしたかね。彼女を境に新卒は来ていませんね。だいたいどこかで武者修行してから配属されますね。だからインターンシップも受け入れないのではないでしょうか」
「それ決めてるの部長ですか? 次長だったら積極的に受け入れそうな気がするな」
「確かにそうですね」
飯嶌さんは再び手鏡を見ながら前髪を直したり、頬をさすったりして身だしなみを気にしている。
「飯嶌さん、まずは仕事。そして座談会は明日なので今から前髪を気にしても仕方がないですよ」
「は~い」
飯嶌さんが私が翻訳した議事録を、担当セクションごとに伝えるドキュメントに落とし込む作業を進めた。
* * * * * * * * * *
翌日。
飯嶌さんは、グレーのスーツに薄いグリーンのネクタイ、更に前髪を斜めに整えてきて、やや小洒落感を出して出社してきた。
朝からさっそく野島次長に「気合い入ってるな」と茶化されていた。
「前田さん、どうですか? こんな感じで問題なさそうですかね?」
「昨日も言いましたけど、見た目ではなくて中身です。話す内容ですから」
「前田さ~ん。人の第一印象は視覚が55%、聴覚が38%、言語が7%って言われてるんですよ。見た目なんですって」
「メラビアンの法則ですね。昨日の私の話に反論するために調べてきたんですか?」
「バレた~。っていうかやっぱり前田さん知ってた~」
「その調査力や検索力、どうでもいいことに使うパワーの強さにはいつも感服します。まぁ服装などの身だしなみは大切ですからいい心がけですけれど…普段の飯嶌さんを知っているだけに今日の様子は…」
そこで私が少し吹き出すと、飯嶌さんはニヤニヤ笑った。
飯嶌さんは本当にいつも幸せそう。
いいことだけど。
* * *
ちょうどお昼前の時間だろうか。インターンシップの学生8名が社内フロア見学に訪れた。人事課の女性スタッフが先導し、あちらが○○部、などと説明している。
リクルートスーツを着ている子もいれば、カジュアルな服装の子もいる。
そこで一人、スーツを着て髪を一つに束ねた女性学生が、うちの部の方を熱心に見ていた。
目が合う。
彼女はハッと驚いたような顔をして、頬を赤らめていた。
社員と目が合ったら、それは緊張もするだろう、と思った。
* * *
夕方。
座談会を終えた飯嶌さんが、やや不服そうな顔をして戻ってきた。
「どうしたんですか飯嶌さん。あんなにウキウキして座談会に臨みにいったのに」
「僕だけ担当、男子学生だったんです。もう一人の男性社員は女子学生も担当したのに」
「あらあら。ちゃんと嫌な顔をせず話してあげましたか?」
「まぁ…一応。あぁでも一人企画営業部に興味持ってる女の子がいて、その子とは少し話しました」
私は午前中に目が合った、あの女子学生が咄嗟に頭に浮かんだ。
「部署に興味を持ってくれた学生に、部署の人にヒアリングする機会が持てないかなって思ったですけど、前田さんはどう思います?」
「いい…のではないでしょうかね? 次長に聞いてみましょうか」
「ね! 是非承認もらいましょう」
野島次長は難なく許可を出してくれたので、人事課にも伝えておいた。
* * * * * * * * * *
2〜3日後、早速インターンの学生がヒアリング要望を出している旨が人事から連絡が入った。
「え、話を聞きたい対象が次長ですか? 流石にそれはちょっと…」
人事は細かい内容は学生と調整して欲しい、とのことで、学生の名前と簡単なプロフィール、そして仮の社用メールアドレスが伝えられた。
プロフィールを確認するとまだ2年生だという。大半は3年生なので珍しかった。
よほど入社を熱望しているのか、と思った。
“次長に” ヒアリングしたいというところも、確実なコネクションを張っておきたいのだろうと思った。
でもなぜ部長ではなく次長に…。
どうしても引っ掛かった。個人的な感情のせいでもある。
一旦余計なことは追いやって、彼女宛にメールを送った。
メールを打ちながら、ヒアリング対応は飯嶌さんか、橋本さんとペアでもいいかもしれない、と考えていた。
橋本さんは以前プロジェクトで飯嶌さんと同じ推進チームで活躍してくれたメンバーだし、5年目になって責任感も備わって来たのでちょうど良さそうだ、と思った。
席を外している飯嶌さんへは後で直接言うとして、橋本さんにはチャットメッセージで依頼をした。
するとすぐに返信が来た。
私…。
正直あまり受けが良いとは思えない。飯嶌さんや橋本さんは人当たりも良いし、第一印象も柔らかだ。
とはいえ、橋本さんには以前から「憧れています!」と公言され、何かと慕ってくれている。そのせいもあるのだろうと思った。
私はちょっと吹き出してしまった。
飯嶌さんが少しかわいそうになった。
* * *
それから更に3日ほどして野島次長に2人目の子供が生まれ、また少し慌ただしくなった。
仕事も、私の心も。
#17へつづく
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