【連載小説】Gone #1
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「ね、これだけ前もってお願いしてるんだから、絶対休み取ってこっち来てよね」
電話の向こうでは、ハッキリしない、つれない返事のアイツ。
「もう、あたしの二十歳の誕生日なんだよ? 記念すべき大事な日なんだよ? 一緒にお祝いしてくれなきゃ絶対嫌だからね! クリスマスの時みたいにプレゼントだけ贈って来てもだめだからね! いっそプレゼントなんかいらないから、会えるだけでいいからさ! ね?」
『うん…そうしたいとは思ってるけど…』
昨夜の電話のやり取りを思い出しては、一日中ため息をついていた。
* * *
梅雨の憂鬱な雨が降り続く。
大学からの帰り道。
道端の紫陽花が鮮やかで、思わず足を止める。
濃い青、紫。かと思えば淡いピンク、はたまた白。
雨の露が花の上、葉の上で跳ね踊る。
こんな日常の何気なさの中の、ハッとする美しい風景。
ただ隣にアイツはいない。
心が触れる時にこそ、そばにいて欲しいのに。
来月のあたしの二十歳の誕生日に会うことすら、今は危うい状態になっている。
* * *
高校の卒業間際に付き合うことになった同級生の野島遼太郎は、卒業と同時に進学のために東京へ行ってしまった。
頭のいいアイツらしく超有名大学に進んで、部活も高校から引き続いて弓道部に入ったと聞いた。
大見栄きって親からの仕送りを断っていたからバイトはいくつか掛け持っていて、平日も週末も長期休暇も予定をいっぱいにしていた。
それでも最初の頃…電話やメッセージも毎日していたし、あたしがバイトで貯めたお金を早速はたいて夏休みに東京へ行った時も、休み中ずっと部屋に泊めてくれて、まるで新婚さんみたいだねって、はしゃいで過ごした。
地元に帰る日の夜。節約のため夜行バスを使うからバスターミナルまで送ってくれた時も、泣き出してしまった私の頭を優しく撫でて言ってくれた。
「またすぐに会えるよ」
でも12月のアイツの誕生日に会うことは出来ず、冬休みもこちらに帰ってこないと言われた。
”嘘つき…”
仕方なく、あたしはアイツの誕生日にプレゼントを買って送った。
学校・部活・バイトとあちこち忙しそうにしているから、リュックを買った。黒いやつ。こっそり、お揃いにして。
すぐに電話がかかってきて「ありがとう」って言ってくれた。
それから十日後のクリスマス。
家に小包が届く。
弟が「彼ピッピからなんか届いてるぞー」とあたしに寄越しながら茶化す。
「うるさい! あっちいってろ!」
小包を抱え、宛名札をじっと見る。
アイツの字だ。
あまり綺麗ではないけれど、剛直な、アイツらしい字。
恐る恐る箱を開ける。
「あ…」
金色に光る、ネックレス。
クリスマスプレゼントだった。
涙がぼろぼろ、落ちた。
「こんな物で誤魔化そうとしたって…だめなんだから…」
「姉ちゃん、マジ泣きすんなよ」
弟が驚いた顔している。
「うるさいっ! 見るなよ。あっち行けって言っただろ!」
お礼を言うために電話をかけても、泣いてしまって上手く話せない。
『誕生日プレゼントいいものくれたし、年末年始も帰れないから、それでちょっと奮発した」
電話越しだったけど、笑ってる顔がすぐに浮かんだ。
部活で、クラスで、一緒に試験勉強したカフェで、アイツが受験で東京から戻ってきた日の朝、2人で一眠りしに行った部室で。
アイツ、いつも笑ってくれてた。
家賃や生活費のためにあくせく働いて稼いだお金で買ってもらったのが、すごく申し訳ない気持ちだった。
でも本当は、モノじゃなくて、会いたかった。
会えれば良かったのに。
そう言いたかったけれど、言えなかった。
それからはそのネックレスを、一日たりとも外したことはない。
汗で傷まないように、入浴前に外して布で丁寧に拭いて、ガラスで出来た箱(このネックレスのために買った)にしまい、キスをして枕元に置いて眠る。
早く会えますように。
そう祈りを込めながら。
第2話へつづく