【連載】運命の扉 宿命の旋律 #25
Trio - 三重奏 -
期末試験の終了から試験休みに入り、その間にクリスマスがやってくる。
萌花は試験終了日に結衣を呼び出した。
初め彼女は友達と用があると言ったが、5分でいいからと、この前出くわしたクラブハウスの横で待ち合わせた。
ところが結衣からメッセージが入り、やっぱり行けない、という。
会って話ができないのなら、と萌花はストレートにメッセージを書いた。
責めたい訳ではなかった。
けれど、萌花に隠しているような態度は気分が良くなかった。
結衣が稜央くんのこと好きなら。
でも、もし本当にそうだったらどうすると言うのだろう?
友達の彼氏を好きになりました。
その友達に「私も好きになっちゃいました」って、打ち明ける?
普通は黙って諦める?
もし、諦めきれなかったら…?
結衣からの返信はなかなか来なかった。
メッセージを送ると "いつものとこ" と返事が返ってきた。
萌花は北校舎に入って4階まで上がる。
さすがに試験明けのためか、音楽室の前には誰もいない。それでもドアは鍵がかかって内幕が引かれていた。
再びメッセージを送ると、少しして内幕を退いて稜央が鍵を開けに来た。
ドアを開けると真っ先に稜央の首に抱きついた。
「なに、どうしたの?」
稜央は少し驚いた声を出したが、すぐに萌花の腰に腕を回した。
「なに…弾いてたの?」
「クリスマスも近いから、クリスマスっぽい曲練習してた。おいで」
稜央は萌花の手を弾いて、いつもの特等席に萌花を着かせた。
ピアノの前に座り、静かに鍵盤に指を置く。目を閉じ、鼻から小さく息を吸う。
萌花は稜央のこのピアノを弾く前の所作が大好きだった。
弾きだした曲は萌花の知らない曲だった。
けれど12月の厳かで、しんとした空気に合っているように思った。
「それは…何ていう曲?」
「シベリウスの『ピアノのための5つの小品第5番 樅の木』だよ」
続いて弾き出した曲も、知らない曲だった。
高温の鍵盤が揺らめくように奏でられるその曲は、清らかながら哀しみを感じる曲だった。
「これはパルムグレンっていう作曲家の『3つの情景による夜想曲作品72-1 星はきらめく』っていう曲だよ。フィンランド出身でピアニストでもあって、北欧の夜空を情景描写した曲なんだ。きれいな曲だろう?」
「うん…なんか有名じゃない曲でもこんなに素敵な曲があるんだね」
「萌花にはありきたりなものじゃなくて何かこういう…清らかな響きがあって、凛とした曲が合うと思って」
萌花は嬉しくて目を閉じた。涙が零れないように。
恐らく稜央にとっては、単純な愛の言葉よりも音楽に載せた方が、より自分の心をそのままに伝える "愛情表現" なのだと思い、今の言葉も最大限の愛の言葉なのだ、と萌花は感じた。
椅子を引く音がして萌花がゆっくりと目を開けると、稜央の顔が間近に迫っていた。
「あ、なんで目を開けるの?」
稜央は照れて顔を赤らめた。
「ごめん。もういっかい」
再び萌花が目を閉じると、稜央は小さく音を立ててキスをした。
目を開けると、やはり照れた顔の稜央がいた。
あまりもの愛しさに、萌花の方からもう一度唇を寄せた。
* * *
夜。
萌花が自分の部屋で稜央とのメッセージのやり取りをしていると、結衣からメッセージが入った。
萌花はメッセージを見て結衣に音声通話をかけた。
「結衣」
『萌花…ごめん』
結衣は鼻声だった。泣いていたのかもしれない。
『川嶋くんからなにか聞いてる?』
「何も聞いてない」
『そっか…』
聞いていないけれど、想像は出来た。ただその言葉を、結衣の口から聞きたかった。
『私、実は川嶋くんのこと、好きになっちゃって』
やはりそうか、と思った。
「…いつから?」
『…萌花と川嶋くんが一緒に帰るのを見かけるようになったくらい』
結衣がいつか「川嶋くんて、顔つきも変わったよね」と言っていたのを思い出した。
あの時、既にそうだったのか、と思う。
「結衣は千田くんのことが好きなんだと思ってた」
『そうだったけど、彼は何かと川嶋くんにライバル意識強くて高飛車で、ちょっと幻滅した頃に、千田くんとの一見で川嶋くんが絡んだ話とかもちょっと聞いてたし、イメージが変わってきちゃって…。それでこの前の文化祭の件でノックアウトされちゃって…。萌花の彼氏だしって言い聞かせてたんだけど、視界に入ったり話を聞いたりすると段々つらくなってきちゃって…』
萌花は何も言えなかった。何を言えばよいのかわからなかった。
『本当は試験が終わったらダメ元で告白しようって思ってた。それがこの前たまたま川嶋くんが萌花のこと待ってる所に出くわして、ちょっと話しかけたら、その後萌花が来て、川嶋くんが萌花の肩抱いて "そういうことだから" って言って去っていって…なんか良くない状況だったなって思って』
「良くないよ」
好きになっちゃだめって言った時、結衣は「ならないよ~」って笑ってたじゃない。
「私、稜央くんとは別れないよ」
『…わかってるよ。わかってるから…川嶋くんとも萌花とも距離を置きたい。ちょうどもう3年生になるし。特進、めちゃくちゃキツイし。勉強に打ち込んで忘れるようにしたい』
「結衣…」
結衣は、萌花の兄が自殺した時に寄り添ってくれた、大事な友達のはずだった。
恋って本当に友情を壊すのかな、と萌花は思った。
そんなことで壊れるの?
でも萌花にとっては稜央のことも何よりも大事だった。
「また…いつか話せるようになる?」
『そうなるように…願ってる』
メリークリスマスと良いお年を、と言って結衣は電話を切った。
#26へつづく