【連載】運命の扉 宿命の旋律 #7
Ostinato - 執拗反復 -
7月に入ってもなお梅雨空は続いたが、期末テストが近づくと2週間前から部活動は全てストップになり、学内が何となく緊張感に包まれていた。
ある日、クラスの男子2人が川嶋稜央に話しかけている姿が萌花の目に入った。
というよりは萌花はいつも稜央のことを目で追っているから、彼の一日の様子は大体知っている。
2人はこちらに背を向けていて顔は見えない。
何を話しているのだろうと思ったけれど、席に座ったままの稜央の目つきは鋭く、あまり良い話ではなさそうなことはわかった。
するとちょっとした言い合いのような声が聞こえ、稜央は教室の外へ出ていってしまった。
2人がこちらに向かってきながら「なんだよあいつ」「頭良すぎてイッちゃってるんだよたぶん」と言っているのが聞こえた。
萌花は、廊下の窓辺で外を見ている稜央のことが気になって仕方が無かった。
席を立ってドアまで行き、背後から何か声をかけようか迷った。
しかし以前すごい剣幕をされたことから、話しかける勇気はなかなか出なかった。
そんな様子の萌花に気づいたかのように、稜央が振り返った。
萌花は驚いて息を呑む。
「なに?」
相変わらず、冷たくて棘のある言い方だった。
「な…なんでも、ない…」
稜央はうつむく萌花の横をすり抜けて自席に戻った。
萌花はまた、ため息をつく。
このままじゃ、いやだな…。
それだけ強く、思うのだけれど。
* * *
放課後。
テスト前は授業終了後に補講なども開講されており、進学校らしい空気になる。
しかし稜央はいつものようにすぐに教室を出ていった。
誰も気に留める人はいない。
萌花も少し時間を空けて、教室を出た。
北校舎4階、音楽室へ向かう。
教室後方のドアを薄くそっと開く。
聞こえてきたのは、やはりグリーグの『ピアノ協奏曲イ短調第1楽章Op.16』だった。
曲は第二主題を奏でていた。時折音が途切れるが、オケパートと思われた。
この位置からでは、教室前方にあるグランドピアノの前に座る稜央の姿は確認できない。
隙間から耳を澄ます。
ずっしりと重く奏でる部分、軽やかに奏でる部分。メリハリの美しさは素人離れしていると思った。
萌花はピアノが弾けるわけではなかったが、中学のクラブでクラシックはそこそこ聴いていたので、曲もわかったし、音色もある程度は知っていた。
本当に、こんなに上手いなんて。
萌花は少しづつドアを開け、顔を覗かせた。
ピアノを弾く稜央の姿が、見えた。
ヘッドセットが見える。おそらく骨伝導イヤホンなどでオケを流しながら弾いているのだろう。
まるで本物のピアニストのようだった。その姿は情熱的で、益々萌花の心を捉えた。
やがて冒頭のフレーズが再度現れ、フィニッシュ。
感動に打ちひしがれていると、弾き終えた稜央が、萌花に気づいてしまった。
ガタッと大きな音を立てて稜央は立ち上がり、萌花と目が合う。
「お前…なんだよ勝手に!」
「ごめ…ごめんなさい!」
萌花は室内に入り、頭を下げた。
「私、中学の時に音楽鑑賞クラブに入っていて、クラシックが結構聴いたの。だから川嶋くんが弾いてる曲も知っていて、すごい上手だなって鳥肌が立っちゃって。もっと聴かせて欲しくて」
「人に聴かせるために弾いてるんじゃない」
「どうして? そんなにきれいな音出すのに…もったいないよ」
「邪魔するな! 俺の領域に入ってくるな!」
驚くほどの大きな声で稜央は怒鳴った。萌花はむしろ竦んでしまい、立ち尽くした。
「出ていけっていう意味だよ。わからないのか?」
萌花は涙ぐんで立ち尽くしたままだった。
稜央がこちらに向かって歩いてくる。憤怒の顔をして。
目の前まで来た稜央は萌花の涙を見て一瞬怯む。
しかし両手で萌花の身体をぐいっと押し、音楽室から追い出した。
目の前でドアが閉められ、鍵が掛けられる音がした。
萌花はその場に座り込んで、しばらくの間身体を震わせていた。
#8へつづく