【連載】運命の扉 宿命の旋律 #24
Waltz - 円舞曲 -
稜央のクラスに近づくと女子学生が数人、教室内を遠巻きに見て何か囁いている。
萌花は知っている。稜央の噂をしているのだ。
今日は1年生たちのようだ。
萌花は稜央にメッセージを送る。
すぐに既読がついて、OKとスタンプが送られてきた。
文化祭以降、こんな風に他クラスや他学年の女子生徒が稜央のクラスの周りをうろついていることが増えた。
稜央は相変わらずクラスの中には馴染もうとせず、授業の合間は渡り廊下にいることが多かったが、最近はそれすら騒がれてしまうので、教室に籠もるようになった。
教室は教室で落ち着くものではなかったが、仕方がなかった。
放課後の音楽室も、弾いているのが先生ではなく実は稜央だということがバレると、人だかりができるようになった。
だから内側から鍵をかけて暗幕を引いて弾くか、そもそも諦めるしかなかった。
萌花は時間差で準備室から忍び込むようにした。
「みんなそんなに暇だったの? うちの高校って」
稜央は呆れたようにため息をつき、不安そうに見つめる萌花の頭を撫でた。
「うるさい奴らは放っておけばいい」
ちょっとした優越感もあるけれど、これまで全く関心を寄せないと言うよりは、どちらかというとネガティブな目で稜央のことを見ていた人たちが、手のひらを返したようにしているのが萌花は気に入らなかった。
* * *
12月も少し過ぎて学期末テストが近づくと、多少はそんな騒ぎも落ち着いてきた。
萌花は稜央といつものように一緒に帰るために、校舎の外で待っていた。
稜央が降りてきて合流しクラブハウスの横を通り過ぎようとした時、結衣の姿が目に入った。
「結衣」
萌花が気づいて声をかけると、結衣は驚いて小さく声を上げた。
「ごめん、驚かして」
「あ、ううん。お2人、今帰りなんだ」
萌花は結衣がちらりと稜央を見たことに違和感を覚えた。
「うん、結衣は? 部活は今ないよね」
「部室でちょっとね。じゃあお邪魔になるからあたし帰るね。またね」
結衣が稜央を見た時の表情が引っ掛かっていて、萌花の胸に煙のように不安が広がる。
「それより萌花さ、クリスマスどうする?」
急な話題に萌花はハッと我に返る。
「え、クリスマス? 稜央くんと一緒にいるつもりだったけど…」
「もちろん俺と一緒に過ごすのは当たり前なんだけど、良かったらウチで飯食わない? 毎年母さんがクリスマスだけはご馳走に気合入れてくれるんだ。今年は萌花を呼んでもいいよって言ってくれてて…どう?」
2人だけで過ごすものだと思っていたけれど、家に招待されるとは思っても見なかった。しかもあの美人なお母さんが了承してくれているとは。
「すごく嬉しいけど…、2人で過ごせるかなって思っていたから…」
「飯食った後、2人になればいいよ。ずっとうちにいたら妹もうるさいし」
稜央はそう言って笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
「あ、妹にプレゼントとか用意しなくていいからね。あいつ付け上がるから」
萌花もようやく笑った。
* * *
期末試験期間になり、毎日稜央は校舎の下の目立たない場所で萌花を待ってくれていた。
しかしその日は稜央が誰かと話しいている。
その後姿を見て息を呑んだ。
“結衣…!?”
何を話しているんだろう、と思った。
この前、一緒に帰るところを出くわした時の結衣の様子、そして稜央が結衣のことを訊いてきたこと…。
もしかして…。
萌花は頭をブンブンと振った。絶対に考えたくない、そんなこと。
やがて稜央が萌花に気づき、名前を呼んだ。
振り返った結衣の表情は引きつっていた。
稜央は真っ直ぐに萌花に近づき、肩を抱いた。
「友達なら知ってるはずだろう? そういうことだから」
稜央は結衣に向かってそう言い、行こう、と肩を抱いたまま歩き出した。
「稜央くん、何かあったの?」
「何も。なんか思い違いしていたみたいだったけど」
「思い違い?」
いいから、とそのまま歩く稜央。
萌花が振り返ると、そこにはもう結衣の姿はなかった。
「結衣と…何か話してたの?」
稜央は黙っている。少し厳しい表情に見えた。
「ね、稜央くん…」
「アイツ、萌花の友達だよな?」
「そうだけど…」
稜央は萌花を抱いていた腕を離し、手を繋いできた。
「俺は萌花以外、好きにならないから。この先もずっと」
稜央は真っ直ぐ前を向いたまま、そう言った。
#25へつづく