飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #16 ~テストのやり方
気づけばもう3月。
リリース予定まであと2ヶ月ばかりだが、かなり微妙なラインだ。
テストに入ると、思いの外開発が雑だとテストチームが軽く炎上した。
バグが多すぎるというのだ。
開発チームのテスト結果は概ね良好と聞いていたので、どうしたものかと思った。
20時近かったが、珍しく野島次長が残っていたので相談した。
「次長、遅い時間にすみません。これってどう思いますか? 開発側のテストはクリアしてテストチームに流しているはずなのに」
「開発チームが出しているテストエビデンスはどこにある?」
僕はファイルサーバに保管してある開発チームの単体テストのエビデンス資料を見せた。
「なるほどね」
「問題ありませんよね?」
「いや」
僕が不思議な顔をすると、次長は言った。
「途中で要件の追加を受け入れただろう。それに対して大きな遅延もなく進められたのは、開発チームがテストの内容を削ったからだ。まぁそこは合意を取ったはずだが」
「…どういう事でしょうか」
野島次長は椅子を持ってきて僕の隣に座り、説明してくれた。
「システムのテストには大まかに分けると2種類ある。ホワイトボックステストとブラックボックステストだ。それは分かるな?」
「何となく…ですけど。開発が行うのがホワイトで、テストチームが行うのがブラックだと」
「まぁ概ね合っている。仕様書通りに機能が動くかをチェックするのがブラックボックステスト、設計者の意図した通りに動くかをチェックするのがホワイトボックステストだ。
じゃあそのホワイトボックステストでどこまで網羅しているかを決めるのがカバレッジだ」
「カバレッジ…ですか。山下さんと井上くんが話しているのは聞いたような…。あ、思い出しました。確か開発中盤で、2人が揉めてたんですよ、これじゃダメだとか仕方ないとか。僕はよくわからなかったので任せちゃったんですけど」
「任せるのは悪くない。そのために彼らはいるのだから。まぁでももう少し内容を把握しておいても良かっただろうな。この機会に教える」
野島次長は更にホワイトボードを寄せてきて、図解説明しながら話してくれた。フローチャートのような絵だ。
「コードカバレッジは3種類ある。命令網羅と言われているC0、分岐網羅のC1、複合条件網羅のC2だ。数字が上がるほど精度が上がる。
普通はC2まではなかなか難しい。時間がかかるからな。テストチームが存在する場合はそちらに任せるという組織の都合上もある。
そこで問題になるのはC1までやるか、C0で終わらせるか、だ。今回はC0で終わらせている。本来はC1を予定していたのを、恐らく期限を延ばせない故にこの部分を開発チームは削った。山下と井上はそこで揉めたんだろう」
「はぁ…」
僕は呆気に取られた。
この人システム部の人じゃないんだよ?
経験ないって言ってたよ?
「次長…どうしてそこまで理解しているんですか?」
僕がそう言うと野島次長は照れ臭そうに頭を掻いた。
「少しは勉強したからな」
「井上くんも言ってましたよ。野島次長はシステムの経験ないのに、対等に話ができるヤバい人だって」
「ヤバい、か…。優秀な技術者にそんな風に言われるなんて光栄だな」
そう言って笑った。
「でもどうしてそこまで勉強するんですか? システムの事なんてシステム部に任せればいい話じゃないですか。みんなそれぞれの役割があるんだし」
「人任せにすると言い込められたり、思惑と違ったものが上がってきた時に何も言えなくなるからな。言いなりにはならないための武装みたいなもんだな」
僕はそんな野島次長の言葉が少し不思議に思った。
「前もお話しましたけど、やっぱり次長は無駄がないし話も的確で、完璧な人だと思います…。言い込められるとかそう言うイメージは全くないんですが…。あ、いっこ弱点言うとしたら、女性とか恋愛は結構ダメダメですよね」
野島次長はガックリと首を垂れた。
「お前、関係ないだろうそれは…まぁ否定出来ないけどな」
「それももう奥さんがいるんだから、どうでもいい話ですよ」
次長は一瞬目を細めて何か思案した様子だったが、すぐにフッと表情を緩めた。
「飯嶌、俺は支配欲が強いんだよ」
その言葉はもっと衝撃だった。
「そんなことないです。感じたことないです。次長以前、上にのし上がるために無茶やったみたいな話されてましたけど…全く高圧的でも何でもないし」
「だからそれも計算なんだ」
「え…」
「…って言ったら、驚くか?」
僕は全身の力が抜けるように、机に倒れ込んだ。
「驚きますよぉー。そんな人じゃないもん次長は」
野島次長は再び思案顔になった。僕は何か引っかかるものを感じたが、どう言葉にしていいか分からなかった。
「とりあえずこのままだと結局テストからの手戻りで遅延する可能性が高い。C1まで実施してからテストに回すよう交渉だな」
「…わかりました。山下さんと井上くんにもすぐに伝えて交渉します」
「それと飯嶌、ちょっと今夜付き合え」
まるで僕の心の引っ掛かりを見透かしたかのようだった。
次長がこういう誘い方をする時は、とんでもない話が出てくることが多い。
僕は内心構えた。
「わかりました。連絡が済んだらすぐに上がります」
* * * * * * * * * *
会社を出たのは既に21時近かった。
野島次長がいつもの居酒屋に向かおうとするので、僕は言った。
「次長が一番好きなお酒って何でしたっけ」
「何でしたっけ…って何だよ突然」
「今日は次長の好きなお店に行きましょう」
「俺は嫌いな店なんかそもそも行かないぞ」
「まぁまぁ、そうなんですけど、次長はワインが一番お好きですよね?」
「え、まぁそうだな。でもお前、あまり得意じゃないだろう?」
「たまには次長が一番好きな店に連れてってくださいよ」
「お前をか?」
野島次長はいたずら気に笑いながら言った。
「つれないなぁ。たまには僕じゃなくて、次長の好み優先で行きましょうよ。いつも僕のこと気遣って店選んでくれてますよね?」
そう言うと野島次長は肩をすくめて、踵を返した。
僕はニヤっと笑って、すぐ後をついて行った。
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第17話へつづく
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