【連載小説】Gone #3
あたしの誕生日は7月14日。桜子なのに春じゃない。
ここはよく突っ込まれるところだった。
その時期、ちょうど前期試験前になる。
去年は電話でずっと話してやり過ごしたけれど、今年は二十歳の誕生日だ。
どうしても特別な日にしたかった。
だから、どうしてもアイツに会いたかった。
「1日だけでも、だめ?」
ここしばらく、会いに来て欲しいことを訴え続けて、はっきり断られない代わりに良い返事が聞けそうもない感じが続いていて、あたしも少し焦っていた。
「う~ん、ちょっと難しいと思うな…。またプレゼント送るし電話もするからさ。去年もそうしたじゃん」
「だから今年は特別なんだってば! 去年と一緒じゃだめなんだってば!」
それでも埒が明かなかった。
「じゃあ、あたしがそっちに行く」
「だめだよ、チェリンだって試験だろ? それにこっちばっかり来させちゃってるし」
「だって野島が会いに来てくれないから! あたしが会いに行かなかったら、会えないから! そうするしかないの! わかるでしょ!?」
電話の向こうは黙ってしまった。あたしは謝った。
「…ごめん」
「いや、間違ってないし」
それ以上は言いづらくなり、あたしもつい強がってしまう。
「そしたら、気が向いたら会いに来て。気が向かなかったらいい。プレゼントもわざわざ送ってくれなくていい。本当にいいから。そんなの選ぶのだって勉強とバイトの邪魔になるし」
「チェリン…」
あたしはそのまま電話を切ってしまった。
かけ直してくれるかと思ったけれど、かかってこなかった。
このままアイツの心が、離れていっちゃう気がした。
* * *
結局アイツは、会いに来てはくれなかった。
その日のアイツからの着信は、全部無視した。
今思えば、どうしてそんな意地を張ったんだろうと思う。
あれだけ会いたいって言ったのに、叶えてくれない。
それが悲しくて、意地を張った。
大学では友達が試験中にも関わらず家に呼んでくれ、お祝いしてくれた。
「チェリーも大人の仲間入りしたってことで!」
そう言って缶チューハイとケーキを買ってきてくれた。
高校から引き続き、友達はあたしのことをチェリーと呼んでくれる。
”チェリン” と呼ぶのは、今も昔もアイツだけ。
なんだかヤケにもなっていたし、あたしは缶チューハイ2本でヘロヘロになった。
その後も夜遅くまでみんなで大騒ぎした。
アイツのこと、あたしの中から振り払うように。
* * *
泊まっていきなよと誘う友人を断って、ひとり家路につく。
花の香りに引き寄せられ、道端に咲くクチナシに近づく。
甘い、いい香り。
すっごく、いい匂い
でも花に顔を近づけすぎると、黒い小さな虫がたくさんついているのが目に入って、慌てて退けた。
涙がこぼれた。
アイツがいないから。こんな時にでさえ、いないから。
「バカ、バカバカバカバカ、バカ!!!」
あたしは花に向かって叫んだ。
「野島のバカー! しんでしまえー!」
物騒なことを叫ぶあたしの横を通り過ぎたおばさんが、怪訝な顔をして睨んだ。
携帯を取り出す。もうすぐ日付が変わる。
アイツからの着信は、21時過ぎを最後にそれ以降は来ていなかった。
「なんだよぉ、もっとかけてこいよぉ」
あたしはクチナシの花壇に座り込み、しばらく泣いていた。
花の香が強く包み込んでも、あたしの心を和らげてはくれなかった。
* * *
次の日、朝から電話で起こされる。
頭がガンガンする。これが二日酔いってヤツか、と思う。
試験がない日で本当に良かった…。
出るとアイツからだった。
『どうして昨日は電話に出なかった? ずっとかけてたんだよ』
「友達が誕生日のお祝いに、お酒ごちそうしてくれてたから」
『酒飲んでたのか?』
「何よ。二十歳になったんだもん。文句ないでしょ」
『電話も出られないほど? 夜中まで? どんな奴らといたんだよ。家にはちゃんと帰ったのか?』
それを聞いてあたしはブチ切れた。
「誰といたかって? 今さらそんな妬きもち妬くの? あんなにお願いして、会いに来てほしいって言ったのに、野島は試験だのバイトだのの方が大事って言っておいて。それに野島だって、仲良くしてる女の子いるんでしょ?」
電話の向こうは一瞬絶句する。
『なんだよそれ』
怒らせた、と思った。でも。
「あたし、前に見たんだ。バレンタインの時。机の上にプレゼントの包み紙とカードが置いてあったの、ドイツ語で書かれてた。あれ、女の子からなんじゃないの? バレインタインにその子からもチョコレートもらったんじゃないの? 本を貸してくれたのも、女の子なんじゃないの?
包み紙もリボンもすぐに捨てないなんて、その子のこと、好きなんじゃないの?」
一気にまくしたてると、電話の向こうは、再び黙った。
長い沈黙があった。それを破ったのは野島だった。
『チェリン』
短くあたしの名前を呼んだ。
「…なに?」
『俺、昨日行ったんだよ。チェリンの家の前まで』
「えっ…?」
まさか、そんな。
『驚かせようと思って。その方が喜ぶと思って。午前中試験を終えて、急いで向かって。その日中に帰るつもりだったから、21時過ぎまで待ってたんだ。大学まで行ったりあちこち探したんだけど、連絡もつかないし、家の人にも聞いたけど、どこ行ったかわからないって。だからそのまま帰ってきた』
今度はあたしが言葉に詰まった。
どうしよう。
あたしはなんてことをしてしまったんだろう。
『残念だな…』
そう言って、アイツは電話を切ってしまった。
全身から血の気が引くのを感じた。
やばい。今のは相当やばい。
かけ直してみたけれど、出ない。もう一度リコールすると、今度は電源を切られているアナウンスが流れた。
そうメッセージを送ったけれど、返信はなかった。
あたしはベッドに突っ伏してわんわん泣いた。
バカなのは、あたしじゃん。
しんじゃえばいいのは、あたしの方じゃん…。
第4話へつづく