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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #28
Recitativo - 独奏曲 -
公立高校では教師の異動があるため、母親の代を教えていた教師が残っている可能性は少ない。
稜央は最も気心を許している音楽教師に相談をしてみた。
「そっか、川嶋くんのお母さんも卒業生かぁ」
「はい…当時のこと知ってる先生って残ってないでしょうか…」
「そうねぇ…」
「あ、母は弓道部だったんですけど、顧問だった先生とか…」
「弓道部…そしたら外部から来る講師の先生は今でも同じ人の可能性が高いわね。弓道部で聞いてみたら?」
「弓道部…」
稜央は教師に礼を行って、放課後に弓道場へ行って見ることにした。
いつも萌花と一緒に帰っていたが、その時は「調べ物がある」と断った。
* * *
弓道場は校内の敷地から少し離れた場所にあると、教えられた方へ進んで行くと、途中で道着を来た男子生徒が雪駄を鳴らしながら追い越して行った。
彼の背を追っていると、そのまま正面の小さな建物に入って行った。そこが弓道場であった。
ごくりと唾を飲み込む。
恐る恐る引き戸を開くと、入口付近で正座をしていた女子生徒が立ち上がって稜央の元に来て訊いた。
「入部希望…ですか?」
「あ、いえ…先生っていますか?」
「先生…ですか?」
やがて奥から部長と思しき男子生徒が出てきた。
「先生って言ってるのは顧問のこと?」
「顧問っていうか…ずっと以前から外部から来ている先生がいると聞きました」
「箱崎先生のことか…月に一度しかお見えにならなくて、来週の金曜日にいらっしゃる予定になってるけど」
男子生徒はジロリと稜央を睨め回した。
「あ、じゃあ、来週の金曜日に来ます」
「先生に何の用?」
男子生徒はぶっきらぼうに訊いた。
「あ、母が弓道場のOBで、ちょっと訊きたいことがあって」
「お母さんがOB。なんて名前? いつの代だろう?」
「川嶋です。20年ちょい前なんですけど」
そう言うと男子生徒は表情を緩めた。警戒を解いたのだろう。
「先生に訊いておいてみる。来週の金曜日にもう一回来て」
部長らしき男子生徒はそう言って道場内に戻っていった。
* * *
翌週の金曜日。
再び稜央は弓道場へ向かった。
稜央のスマホには母親の卒業アルバムから撮った弓道部員の写真もあった。
練習が終わった頃を見計らい、開いた引き戸から中を覗いた。
年配の男性が目に入り、彼が "箱崎先生" だと悟る。
先週の男子生徒とも目が合い、彼が箱崎先生に耳打ちをすると、箱崎は稜央を見、近寄って来た。
「私に用ですか」
威厳のある風格に萎縮しながらも挨拶と自己紹介をし、卒業生について伺いたい、と手短に話した。
「この写真に写っている人たちなんですけど、憶えていらっしゃいますか」
箱崎は目を細めて写真を見ると、すぐに合点が行ったようだった。
「あぁ、野島の代ね。よく憶えているよ。強かったから。全国大会まで行ったからね」
野島、という名前が真っ先に出て来て、稜央は驚いた。
「この代の学生が何か?」
「実はここに写ってる女性が僕の母で…卒業生どうしたかなぁって話になって」
そう言うと箱崎は
「川嶋の息子?」
と驚いた。はい、と頷くと感慨深そうな顔をした。
「川嶋はやんちゃだったけれど、なかなか腕を上げて。野島とは仲が良くて、よく引き方とか教わっていたからね」
「あ、そ、その野島さんって方。母が懐かしがって、今どうしてるかなぁって話になったんです。なんか繋がりがなくなっちゃったみたいで」
稜央は咄嗟に嘘をついた。
箱崎は意外そうに目を細めた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。てっきり川嶋と野島が結婚していたのかと…その…君は何だか野島に似てるなと思ったんだが、川嶋の息子だと言ったから、おや? と思ってな」
稜央は顔を強張らせた。箱崎も慌てて謝った。
「いや、すまない、変なことを言って。気を悪くしないでほしい」
「大丈夫です…、ただの偶然です。で…その野島さんって方はずっと地元に残っていらっしゃるんでしょうかね」
「彼は東京の大学に出たよ。大学でも弓道を続けたから、時折連絡をくれていたんだ。就職も東京でしたはずだが…最近はめっきりだから、今はこっちに戻っているのかは、ちょっと…」
「どこの大学ですか?」
箱崎はやや怪訝な顔になった。言うべきか否か考えているようだった。
「…ここで話すのも何だから、私は部活が終わったら着替えてくるから、君は校門で待っていてくれないか」
箱崎はそう言って道場の扉を閉めた。
* * *
言われた通り校門でしばらく待っていると、ノータイのスーツ姿になった箱崎がやって来た。
そして単刀直入に言った。
「君は野島のことを調べたいのか?」
「あ、いえ、そういうわけでは本当になくて。連絡ついたら母にサプライズしたいなと思って…」
箱崎は思案顔になり、顎に手を当てた。
稜央の脇は緊張の汗でびっしょりになった。
「○○大学に進んだよ、野島は」
やがて箱崎は都内の超有名私立大学の名前を挙げた。
「就職時も連絡をくれたが…残念ながら社名は失念した。そんなに大手の企業に行かなかったからどうしたんだ、という話をした記憶はある。彼の頭脳と学歴からしたら、大手に行くもんだとばかり思っていたから」
「あ、そ、そうですか…」
「お母さんは野島以外のOBのことは知りたがっていないのか?」
箱崎は痛いところを突いてきた。もしかしたらバレているかもしれない、と稜央は思った。
何も言えずに黙っていると、箱崎は
「私が伝えられるのはここまでだ」
と言って去って行った。
「○○大学…」
自分はそこに進学することは出来ない。
相当学力の高い大学だから、仮に萌花が東京に出るとしても同じ大学へ進むのは難しいだろう。
「いや…同じ大学に行く必要なんか全くないか…」
稜央はまたひとつ考えが浮かんだ。
#29へつづく
※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。