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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #43

Cannon - 追奏曲 -


2人は近くの喫茶店に入った。
窓際に向かい合わせで座り、稜央が遼太郎の顔を覗き込むようにして言った。

「僕、川嶋稜央って言います。◯◯高校出身で、今は地元の国立大の2年生です」
「川嶋…」
「母は川嶋桜子って言います。ご存知ですよね?」

遼太郎の顔が途端に青ざめる。稜央はその変化を見てほくそ笑んだ。

「…あぁ、知っている」
「あなたも◯◯高校出身ですよね? そこで弓道部で母と一緒でしたよね」
「…」
「僕、20xx年生まれなんです。なんかピンと来ませんか?」
「お前…ずいぶん遠回しに言うんだな」
「その方が追い詰める感があって楽しいですから」
「楽しい?」
「はい。僕と母が苦しんだ分、苦しめた本人を追い詰めたいと、ここ最近はずっとそう願っていました」

遼太郎は蔑んだようにフッと笑った。

「…そうか。でもまだ証拠があるわけじゃない」
「そんなこと言うんですか? さっきあなたは僕を見て『いつか来ると思ってた』って言いましたよね? それは僕の存在を知っていたからではないんですか?」
「…」
「僕、あなたに会って本当に驚きました。ここまで似てると思わなかったから。血縁って怖いですね。でもそれだけだと証拠にならないっていうなら、検査受けましょうよ」

遼太郎は声にすることが出来ず、黙って稜央を睨み続けた。

「怖いんでしょ? わかります。ところで今あなたに家族っているんですよね? 僕のきょうだいって何人いるんですか? あ、2人目のお子さんが生まれたばかりなんでしたっけ?」

遼太郎の目が鋭く光る。

「それを知ってどうする」
「僕の親戚にもあたるわけですし、関心はありますよ」
「…お前がここまで来たのは執念か」
「執念…ですか。まぁそうですね。僕の家庭はご存知ないと思いますが、貧乏で散々でした。お金がないだけならいいんですけど、僕が音楽に目覚めちゃったばっかりに、お金がない事で僕が満足に学ぶ機会を与えられない事に母は自責の念を常に抱いていました。母のせいじゃないのに。僕が音楽なんかにハマって…そしてそんな僕をつくるだけつくっていなくなったあなたのせいなのに」
「俺をどうしたい?」
「…苦しめたいです」

遼太郎は顔を歪めたが、一瞬、不気味な笑みを浮かべたように見えた。
意表を突かれた稜央は背筋を震わせた。

「…俺を苦しめるのは一向に構わないが、俺の家族には絶対に手を出すな」
「あなたの家族に何かしらあることであなたが最も苦しむのなら、選択肢から外せません」
「お前な…、そんなことになったら俺も容赦しないからな」
「僕のこと、とことん他人の変質者扱いですか。あなたの息子なのに」
「息子だなんて証拠はないと言っているだろう。俺の妻や子供たちに接触してみろ。俺は何としてでも家族を守る。俺はどうなったって構わないと思ってるからな」

遼太郎は稜央に顔を近づけ、抑えめな声ながら激しい剣幕で迫った。
その目の縁にすっと朱が差す。
遼太郎が表情に浮かべる怒りは、美しい。

「…じゃあ、僕の母さんのことは、どうして守れなかったんですか? 本当にあなたって勝手なんですね」

稜央は泣きそうな顔をして言った。

「それは…もし妊娠している事がわかっていたら、当然こんな状態にはしていない」
「わかってたら、僕のこと堕ろさせてましたよね?」

遼太郎は再び稜央を睨んだ、が。

「母さん今でもあなたのこと、愛してるって言ってるんですよ」

稜央のその言葉に遼太郎はプツリと何かが切れたように、脱力して椅子の背にもたれ込んだ。
稜央は遼太郎の弱点を摑んだと確信した。

しかし母のことはまた、稜央にとっても弱点なのだ。

「彼女はお前が俺に会っていることを知っているのか?」
「…」
「彼女は俺の事をお前に何て話したんだ…?」
「…話しません。あなたの事を庇いまくっています。頼むから触れないでくれ、そっとしておいてくれって懇願されました」
「それでもお前はここに来たんだな。母親を裏切って」
「僕ももう成人したんで、自己責任でやってます。あなたが僕の望み通り苦しんでくれたら、僕は大人しく故郷に帰って母と妹と穏やかに暮らしたいです」
「妹…」

遼太郎は数年前、桜子が手を引いていた女の子を思い出した。
あの子が自分を見て言ったのだ。

“お兄ちゃんのパパかと思った”

遼太郎は痛みに耐えるように目を閉じたかと思うと、再び稜央を睨んだ。

「そう言う意味ではお前は俺と家族を破滅させたいんだろうが、絶対にそうはさせない」
「僕だって…これまで抱えてきたもの、全部あなたにぶつけるつもりですから」

今日は帰ります、と言い千円札を置いて稜央は立ち去った。

* * *

遼太郎の後を付けに行った後『遅くなる』と連絡をもらっていたものの、21時近くなっても戻って来ない稜央を萌花は案じた。

稜央くん? 今どこ?

返信はすぐに来た。

もうすぐ帰る。お腹空いた。ご飯なに?

帰りが遅い時はいつもあまりいい事がなかったが、気楽なメッセージの文面に萌花はホッと胸を撫で下ろした。

今日はパスタだよ! 早く帰ってきてね

なんか新婚さんみたいだな、と萌花は込み上げる笑みを抑えられなかった。

* * *

お腹が空いたという稜央のために頃合いを見計らってパスタを茹で始め、稜央が戻って手を洗い、テーブルに着いたタイミングで出来立てを提供した。

「すごい! どんなお店よりもサービス力高いよ!」

稜央もご機嫌だった。

「ふふ、私もお腹空いちゃった。食べよ!」
「あぁ…ごめん。食べるの待ってたのか…ありがとな、萌花」

2人は出来立てのパスタを頬張り、2人揃ってにんまりとした。

「美味い! 萌花の作るご飯、本当に最高だな」
「ありがと!でも稜央くんも今日は殊更ご機嫌だね。あの後…どうしたの?」
「うん…話して来た。アイツと」
「え…?」

萌花はフォークを持つ手を止め、戸惑いを浮かべた。

以前話していた時の恨みや怒りを一切感じなかったからだ。
直接会ったというのに。

「え、話したの?」
「うん」

稜央はパスタを美味しそうに口に運びながら平然とした顔をしている。
もしかしたら気が変わって穏便に進められたのではないかと、萌花は思った。

「どんな話…をしたの?」

しかし稜央は表情こそ変えないものの、答えてはくれなかった。

「萌花は知らなくてもいいことだから」
「どうして…」

稜央は小さくため息をついた。

「これはもう俺とアイツで完結させる話だから。大丈夫。心配しなくていい」
「完結させるって…何を」

すると稜央の表情が一変し、それ以上訊くな、と目で語った。
萌花も怯えて、それ以上は言葉に出来なかった。

そんな萌花の様子を察してか、稜央はすぐに穏やかな笑みを浮かべて「飯がまずくなる話はやめよ」と言った。

けれどむしろそれで、稜央が "怖いこと" をしようとしていることが、何となくわかってしまった。



#44へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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