見出し画像

【連載小説】奴隷と女神 #28

小桃李ことりは恋の方は、どうなの?」

急に環は私に話を振った。不倫ネタが出たことで、響介さんとのことを勘ぐっているのかもしれなかった。

「私の方は相変わらず・・・・・何もないよ…」
「もー小桃李も志帆も大丈夫なの? うちら今年29になるんだよ?」

私と志帆は顔を見合わせて苦笑いした。

「ま、そういう私も彼氏が出来たわけじゃないけどさー。頑張ってるのになぁもう」

そうぼやいたと思ったら、急に顔を近付けて言った。

「ね、今度一緒に合コン行こうよ」
「え、私はいい」

間髪入れずに志帆は断った。さすがだ。推しに勝るものはないのだ。

「もう、いつまでもあると思うな推しと若さ!」
「いいの! 小桃李と行ってきてよ」
「え、ちょっと待って。私は」
「なに、もう誰かいるの?」

環の目がキラリと光る。

「いないけど…」
「じゃあ決まり! 再来週の金曜日、空けておいて。ね!」

響介さんのことが過る。

でも自分から別れを切り出したんだ。
しかも「私のことだけど見てくれる、ちゃんとした彼氏を見つける」なんて豪語して。

私はその合コンの誘いに乗ることにした。

合コンに向けたわけではないけれど、その週末に胸元まであった髪を顎の長さまで切った。

失恋で髪を切る。古い恋の歌みたいで笑っちゃうけど、美容院は気分転換になることは間違いないはずだった。

けれど切った後の鏡を見て私は "響介さん、なんて思うかな" と考えてしまうのだった。

* * *

合コンまでの2週間も、木曜の部長会で響介さんを見かけた。相変わらず会議終了後、彼は私のことをほんの一瞬だけ見る。

明日が合コン、の木曜の部長会では会議終了後、思いがけず声を掛けられる。

「松澤さん」

驚いて「はいっ!」と大きな声で返事をしてしまい、同僚が怪訝な顔を向ける。

「あ、ごめん。驚かせて」
「あ、いえ…。何でしょうか?」
「これ、押印伺い。この後すぐ欲しいんだけど、いいかな」
「あ…、はい。では…」

私は響介さんと一緒に部署に戻ることになった。
未だに紙の契約書に押印が必要な状況がある事に少しだけ感謝をしながら。

廊下を、響介さんが私の後ろをついて歩く。どうしても足早になってしまう。

部署に戻り共有席の引き出しから印鑑BOXを取り出し、押印用の下敷きと朱肉を並べる。

響介さんから押印用の契約書を受け取る時、手が震えた。それを見て彼は

「僕がやりますよ」

そう言って席に着いた。

「すみません、お願いいたします…」

着席する時も『ENDYMION』は香らない。返ってそれが胸をさざめかせる。

押印が済むと響介さんは座ったまま私を見上げた。
その目つきにノックアウトされそうになる。
その目は、ベッドの上で見たことがある。

私は慌てて目を逸らした。

* * *

かくして私は環に連れられ、4対4の合コンに参加した。相手は商社マンたち。

私以外の女性達は当たり前だけど前のめり気味に乗り気で、私だけがぼんやりと、ただ時間が過ぎるのを待った。

「つまんなそうにしてるね」

お酒もだいぶり入ってきた中盤、隣に座った男性がそう声を掛けてきた。

「そ、そんなことないです」
「無理しなくてもいいよ」

笑ってそう言いながら私のグラスに合わせる。

「僕、結構そういう斜に構えた女性、好きだな」
「斜に構えているつもりはないんですけど」

また彼は笑う。

「じゃあ何?人見知り?」
「そうかもしれません」
「それで合コン参加? 面白いね」

あぁ、早く帰りたい。こういう会話に付き合うのは疲れる。

助けて、響介さん。

何度も頭の中をよぎる。

* * *

終宴間際に連絡先の交換会が始まってしまった。私は誰とも交わすつもりはなかったけれど、雰囲気や流れで隣にいた人と交換してしまう。

「cotoriだって。かっわいー」

彼ははしゃいだ様子でそう言った。
ブロックすればいい。
解散したら、即ブロックすれば。

店の外へ出ると、何となくカップルになって、この後どうしようか、という空気になっている。環は私にウインクをし、良さそげな人と2次会に行くようだ。

「僕たちもこの後2人で2次会、どう? 明日休みでしょ?」

連絡先を交換した彼が声をかけてくる。
正直のところ、早く帰って休みたかった。やはり初対面の人と2時間半どうにかこうにか場をつなぐのはとても疲れた。

それにどうしたって響介さんと比べてしまう。

彼はスマートな人ではあるけれど、やや鼻持ちならない言動があり、実力が裏付されて自信を持った響介さんとは全然違うと思ってしまう。

「ちょっと今夜は疲れてしまって…。また日を改めるでもいいですか?」
「そうしたら…休めるところに行く?」
「え…?」

そう言って彼は私の手を引いた。今夜知り合ったばかりなのに、もうそれなの?
私は慌ててその手を振り払った。

「ごめんなさい、本当にちょっと…」

唖然とした彼は小さく舌打ちして「ホントに、何しに来てんの?」と言い、呆気なく去っていった。

駅までも送らないんだ。なんて極端なんだろう。
送ると言われても断るけれど。

ため息をついた。

* * *

オフィスの近くだった。21時半過ぎ。
響介さんは今どこで、何してるんだろう…。

結局オフィスの前を通り、メトロの入口に向かうことにした。
ビルを見上げると、窓にはまだ多くの明かりが灯っている。

「まだ…いるのかな」

見上げながらそう声に出してつぶやいた時、正面玄関から出てくる人影に息を呑んだ。

「響介さん…」

彼も私に気づき、立ち止まった。




#29へつづく

いいなと思ったら応援しよう!