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【連載小説】永遠が終わるとき 第二章 #1


「有紗ちゃんは、本当に美人さんだね」

幼い頃からよくそう言われてきた。

生まれは北関東のとある都市。家は厳格な両親のもと、一人っ子として育ってきた。

あまり甘やかされた記憶はなく、両親は習い事をさせるのが好きで、ピアノにバレエ、英語は幼い頃から詰め込まれた。
特にバレエは大学まで、英語は今日こんにちに至るまで続けるほど好きだった。
そんな習い事をしているものの、あまり活発ではなくどちらかというと口数の少ない子供だった。

中学受験も無事合格し、地元の中高一貫教育の、お硬い女子校に通った。

友達と騒ぐより本を読むのが好きで、アルベールト・カミュの『異邦人』やトルストイの『アンナ・カレーニナ』など外国文学を教室の隅の席でよく読んでいた。

身長はぐんぐん伸び、中2の時に158cmほどあった。バレエのお陰か手脚は長く、バランスの取れた身体つきをしていた。Y字バランスはよく披露する羽目になった。
後輩からはよくラブレターをもらい、上級生からも声がかかった。
しかし私は百合・・にはならなかった。厳格な親のせいで男の人とも無縁の日々だったけれど。

* * *

そんな中、中2の夏に親に内緒でクラスメイトとコッソリ行った原宿で声を掛けられる。

「そこの君!」

声に振り向くと20代後半~30代くらいの男性が笑顔で話し掛けてきた。ナンパかと思い怪訝な顔を向ける。

「君、すごい美人だね! 僕はこういう者なんだけど…」

差し出された名刺に『○○プロダクション』という文字が見えた。咄嗟にそれを突き返し、何事も無かったかのように歩き出す。

「有紗~」

友人たちが慌てて後を追ってくる。構わず私はズンズンと先を歩く。

「今の芸能界のスカウトだったんじゃないの?」

私は内心ドキドキしていた。さすがは竹下通りというべきか。

「まさか。AVかもしれない」
「本当の芸能事務所だったらどうするの?」
「どうもしない。興味はないから」
「うっそ~!? 本当に興味ないの?」

友人たちは信じられない、といった風に目も口も大きく開けて私を見つめた。

「ないよ。いかがわしい」
「有紗って本当に真面目~! 今日はこんなところまで一緒に出てきてるのに」
「原宿に出てくることと芸能界と真面目かどうかなんて、何も関連ないでしょ?」
「有紗だったら絶対モデルになれるのに!スタイルいいし美人だし、ね?」

友達はそうはしゃぐけれど、そんなことあるわけない。私の親が許すわけがない。

* * *

「ただいま帰りました」

家に帰ると母親が玄関先で出迎える。

「今日はどちらへ行っていたの?」

午前中から出かけていたのが理由だと思うが、さっそく問い詰めモードだ。

「駅前のモールです。クラスメイトと4人で」

嘘をつく。

「モール? そんな所に何をしにです?」
「お買い物ですよ」
「こんなに一日中かかるものなのですか? 何を買ったのです?」

私は買ってきた黒いキャップやタンクトップの入った紙袋を開けた。

「こんなもの、どこに着けていくというのですか。あなたに似合いませんよ。こんなものに無駄遣いなんかしてあなた…」

似合う・似合わないの問題ではない。月並みの中学生活を送りたいのだ。

「…わかりました。以後気をつけます」

けれど言い訳も面倒くさく、私は2階の部屋に駆け上がりドアを締める。鍵は付いていない。


買い物袋を床に置き、ベッドにダイブした。

ため息をつく。

スカウトされた時、内心は心臓が跳ね上がるほど嬉しかった。私は外でも認められるのだと思った。

けれどこの檻から出ることは難しい。まだ中学生だし。

だから早く自立して、この家を出て自由に飛び回りたい。
その為には英語をモノにして、こんな地元も、日本さえも飛び出して生きていきたい。

この頃、そう強く思っていた。




第二章#2へ つづく

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