【連載】運命の扉 宿命の旋律 #30
Ballade - 譚詩曲 -
萌花と稜央は4月、晴れて大学に進学した。
稜央は地元の国立大、萌花は都内の私立大へ。
離ればなれになることを稜央のため、と萌花は受け入れた。
* * *
入学してすぐのゴールデンウィーク。稜央は萌花を訪ねにさっそく東京へ出た。
東京駅で出迎えた萌花は、彼の小さな “ある変化” に気がついた。
「稜央くん…ピアス、開けたんだ…」
稜央は少し照れ臭そうにはにかむ。
「母さんに開けてもらった…変かな」
「ううん…カッコいい。似合ってるよ」
左耳だけ付けられたピアスを見て萌花は思い付いた。
「そしたら私、右耳だけ開けようかな」
「えっ、萌花も開けるの?」
「そしたらペアを買って、半分に出来るでしょ…お揃いで」
稜央は照れ臭そうに鼻を擦って、その提案に賛成した。
* * *
都心から少し離れた学園都市に萌花が一人暮らしをしているマンションはあった。
大学までは電車で2駅ほどの距離。いずれは自転車通学を考えているが、自転車がまだ手に入っていなかった。
片側二車線の道路沿いのためあまり閑静とは言えないが、学生には充分すぎるほどの広さがある1DKだ。
部屋に入ると2人は真っ先にベッドでもつれあった。
互いが離ればなれである時間を一気に埋めようとするかのように。
稜央はきちんと避妊をした。
それは母の桜子が「そういうことはきちんとしなさい」と高校生の時から教え込んでいたから。
思えばそれが "きちんと" しなかったら稜央が生まれたのだ。
だから稜央はきちんと守った。父親への抵抗でもある。
「稜央くん…好き…」
萌花が稜央の左耳たぶ、ピアスの小さな石に唇を寄せて囁く。
「うん…俺も…萌花…」
稜央は萌花の右耳たぶに歯を立てる。
いつかお揃いの石でも光るのだろうか、と想像しながら。
萌花は稜央に求められる事で自分の存在意義を見出せる気がして嬉しかった。
しかもちゃんと避妊をしてくれる。
彼の愛を深く感じていた。
* * *
稜央が来て2日目の夜。
普段はマンション前の道を行く車の走行音が気になる時もあるが、稜央がそばにいる夜はその音さえもさざ波のように聞こえて、萌花は不思議な気持ちになった。
稜央の腕枕のせいか。
彼は黙って天井を見上げている。
「稜央くん、明日はどこか出かけない? せっかく東京まで来たんだし、私もまだそんなにあちこち出かけていなくて」
「うん…」
稜央にとっては東京観光なんてどうでも良かった。
こちらで意識している場所なんてせいぜい父親が関連する場所くらいだ。
しかも現時点ではまだ出身大学しかわかっていない。
「そしたら◯◯大学のキャンパス、行ってみたい」
「えっ…大学?」
萌花は稜央の関心が自分に向いていないことが少し寂しかった。
けれど他の女性ではなく、会ったことのない自分の父親なのだから仕方がない、と思い直した。
「いいよ…ちょっとその辺り歩いてみる? その代わり、私の行きたいお店とかにもついて来てくれる?」
稜央の首に手を回して甘えた顔をして萌花は言った。
「うん…いいよ」
稜央は再び萌花に覆い被さった。
* * *
翌日、2人は都心にある大学のキャンパスに来ていた。
ゴールデンウィーク中とはいえ、学生らしき姿はチラホラと見かけた。
手を繋いで歩いているものの、稜央はキョロキョロと見回しながら自分ではなく父親のことを考えている、と思うと萌花はほんの少し寂しくなる。
「稜央くんのお父さん…何学部だったんだっけ」
「確か…理工学部だったと思う」
萌花が学内の案内を確認する。
「理工学部はここじゃないみたい」
「そうなの?」
萌花はスマホで検索し、横浜の方にある、と告げた。
「そうか、ここじゃないのか。そういうの全然調べずに、俺も中途半端だな」
「仕方ないよ。当時は違ったかもしれないし」
萌花は稜央の腕に自分の腕を絡めた。
「ちょっと休憩しない? 少し歩くけど、おしゃれなチョコレート屋さんがあるみたいだから」
「うん…いいよ」
2人はキャンパスの外で出て、のんびりと歩き出した。
大学から少し離れたところにあるショコラティエに行くと、有名店のようで少し外で入店を待つことになった。
客層は若いカップルの他にも近所の住人と思しき品の良い夫人らがいた。
店内も瀟洒なテーブルや照明が、上品な雰囲気だった。
稜央はこういった雰囲気が苦手だった。
“貧乏人” が染み付いているのだ。
落ち着かなそうな様子の稜央を見て萌花は言った。
「混んでるね…他のお店にしようか」
「でも…萌花が来たかった店なんじゃないの?」
「うん…、でも私はいつでも来れるし。もうちょっと落ち着く店にしようよ」
萌花は稜央の手を引いて店を離れた。
結局2人はチェーンのカフェに入った。
「結局こんな店になっちゃった…地元でも行けるよね。ごめん」
「俺は別にどこでもいいから気にしてない」
2人はアイスカフェオレを頼んで、窓際のカウンター席に並んで座った。
2つのカフェオレを前に萌花は稜央とのセルフィを撮った。
早速確認すると、写真の稜央はぎこちない表情で "俺なんかブサイク" と嫌がったけれど、萌花は愛しくてたまらなかった。
「じゃあもう1枚撮ろ?」
カメラに向かい頬を寄せ合った時に、萌花は稜央の頬にキスをしてシャッターを押した。
ビックリして目を丸くする稜央が撮れた。
「なんか色々ズルいな…」
頬を押さえながら照れて俯く稜央の肩に萌花は頬を乗せた。
些細なことが全て愛おしく煌めいて、こんな日々がずっと続くと、この時の萌花は信じていた。
* * *
晩ご飯は萌花の家でハンバーグを作ることになった。
スーパーで一緒に買い物をし、一緒にキッチンに立って、2人でテーブルを囲んで作ったものを食べることに、萌花はこの上ない幸せを感じていた。
稜央も普段は無表情なことが多いが、心なしか嬉しそうに見えた。
「このハンバーグめちゃくちゃ旨い…萌花って料理作るの上手だな」
「ほんと? 嬉しい」
2人は笑い合った。
「でも…好きな人と食べたら、なんでも美味しい気がする」
「うん…、確かにそうだな」
この時の稜央は心からリラックスしているように見えた。
ただやはり少し時が経つと、ふと翳がよぎる。
食事が終わってベッドの上で戯れあい、しばらくして天井を眺めていた稜央が不意に言った。
「萌花さ、◯◯大の理工学部のやつとツテ、取れないかな」
萌花は頭をもたげ、稜央の顔を覗き込んだ。
「アイツの就職先を知りたい。学部に行ったら調べられそうだけど、部外者は無理だと思う。在校生かOBなら何とかならないかな」
「転職してるかもしれないじゃない」
「そうだけど…手掛かりは摑めそうだろ。企業が分かれば就活とかの名目でコンタクト取れるだろうし、その会社の人間からまた情報取れるかもしれない」
真剣な稜央の眼差しに萌花は小さくため息をついた。
「…やってみる。私が文系だから接点がちょっと難しいかもしれないけど、出来る限りのことはやってみる」
稜央のことが大好きだから。
力になれるならなんでもしたいと萌花は思った。
「ありがとう、萌花」
稜央は萌花にキスをすると、ここへ来てもう何度目かと言うほど、身体を重ねた。
#31へつづく