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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #29

Paralleltonart - 平行調 -


弓道部の講師、箱崎から聞いた "野島遼太郎" の情報。
そして箱崎が自分を見た上で「川嶋は野島と結婚したのかと思った」と呟いたこと。
点と点が徐々に繋がっていくのが "やっぱりな" という思いと同時にショックでもあった。

家に帰り、稜央は夕食の支度をしている桜子に言った。

「母さんさ、やっぱり俺が東京の大学に行くって言ったら、どうする?」
「稜央が本当に行きたいのなら、そうしなさい」

桜子は稜央が、母ではなく自分自身を見つめて進路を決めようとしているのかと安堵し、手を止めずに言った。

しかし、そうではなかった。

「怖くないの?」
「…怖い?」
「東京にいったんでしょ…。俺の親父」
「…な、何を言ってるの…?」
「野島…野島遼太郎って言うんでしょ、親父の名前」

桜子の顔から一気に血の気が引いたのがわかった。口元に手をあて、恐怖に顔を歪めている。

「…! 稜央!どうしてそれを…?」
「やっぱりそうなんだね。卒業アルバムで同じ弓道部で一緒に写ってた人なんだね」
「お願い稜央。もう詮索しないで。それだけは本当にやめて」
「どうして? 俺の親父のことなんだよ!?」
「ダメなものはダメなの! もう向こうも家庭があるのよ。迷惑かけられないわ」
「迷惑って何? むしろそいつはのうのうと幸せな家庭築いちゃってるわけ? 母さんにこんな思いさせて…お金もなくて捻くれた息子がいて、結婚も俺のせいでうまくいかなくて…。俺が生まれる元を作っておいて。そいつは母さんの人生をめちゃくちゃにしたのに、どうしてかばうの!?」

桜子は悲痛で目を潤ませた。

「わかるでしょ…?」
「えっ…?」
「あなたを産みたいと思うほど、大好きな人だったからよ…」

稜央にはシンプルなその言葉が、却ってショックだった。

「…わからない…わかりたくない!」
「彼は…あなたの存在を知らないのよ…あたしが勝手に産んだの。大好きな人の子供が自分の中に宿って…堕すなんて出来なかったの。どうしてもあなたを産みたかったの。あたしが勝手にやったことなのよ。お願い。そっとしておいて…彼には近づかないで。本当にお願いよ…」

稜央は自分の存在を知らないという言葉にもショックを受けた。
桜子は稜央の両腕にすがった。

「あたし…昔も今も本当に幸せよ。不幸だなんて思ったこと一度もないのよ。それは稜央、あなたがいたから。私の人生は稜央がずっと支えてくれたから。でも稜央には…あたしのせいで辛かったりやりたい事がやれなかったり、幸せじゃなかったかもしれない。それは全部あたしのせいなの」
「母さんのせいじゃない…」
「じゃあお父さんのせいでもないわ!」
「どうすりゃいいんだよ! 俺は! どうすれば…!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい…」

桜子は稜央に縋り付いて泣いた。
謝ってほしくなんかないのに。

稜央はやり場のない怒りをどうすることも出来なかった。

「わかったよ…母さん。俺、東京に出たいなんて嘘。大学はここから通えるところにする」
「稜央…」
「諦めるよ。もう、東京に出てあぁするとかこうするとか。ここにいて母さんの手伝いして、陽菜の面倒見るよ」
「…本気で言ってるの?」
「だってどうすることも出来ない」

桜子は泣きながら稜央を抱きしめた。

「ごめんね…、本当にごめん…」

“こっちこそ…母さんごめん、わかったふりをしただけだよ”

稜央はほんの少し良心の呵責に苛まれた。
でも俺は、と稜央は思う。

母さんや俺をこんな状況にした男を許さない。
自分を責め続け謝ってばかりの母にした男を絶対に許さない、と。

* * *

翌日の学校で稜央は萌花を呼び出し、校庭の片隅で話をした。

「萌花、お前は東京の大学に行った方がいいと思うけど、俺はこっちに残る。やっぱりまだ母さんと妹のそばにいないといけない」
「え、やだ。稜央くんと離れたくない」
「ダメだ。萌花には自由がある。ここにいたらもったいない」
「もったいないことない!離ればなれになるのは嫌!」
「萌花、落ち着いてよく考えろ。自分の人生だぞ。そんなことにこだわったら、一生後悔するかもしれないんだぞ」
「後悔なんてしないよ…!」
「大丈夫だから。離れて暮らしたって萌花は俺のものだし、俺は萌花のものだ。それに萌花が東京に行ったら、協力して欲しいこともあるんだ…」

稜央の思い詰めたような表情に、萌花は不安になった。

「協力…? どんなこと?」
「萌花は俺の言うことなら何でも聞いてくれる?」
「…なに? どういう意味?」

無垢な瞳が不安に揺らぎ、稜央はほんの少し心が痛んだ。

「東京で、ある人を探したい」
「東京で…ある人…? 誰?」

唇を噛み締めて黙る稜央に、萌花はハッとした。

「もしかして…お父さん…?」
「…」
「稜央くん、本気なの?」
「嘘なんかつかないよ」
「探してどうするの?」

探してどうするの。

その先はまだ誰にも言うことは出来ない。

稜央は黙ったままグラウンドで練習しているサッカー部をぼんやりと眺めていた。

* * *

大学への出願が始まり、稜央は地元の国立大学へ、萌花は関東の私立大学に出願した。

稜央は桜子に、萌花が東京へ出ることになると思うから、大学に入ったらバイトをして旅費を自分で稼いで萌花に会いに行く、と話した。

桜子はそれを聞いて、身震いがした。

あの頃の自分たちと男女逆転しただけで、全く同じではないか。
コピーされた魂は、こうも繰り返していくのか。

愛しい彼に会うためにバイトをして、都合が付けば夜行バスで東京へ通ったことは、桜子の人生で最も無我夢中で、最も残酷な季節シーズンだった。

“親子とは…こんなにも繰り返すものなの…?”

桜子にとって苦悩のきっかけになった東京との遠距離恋愛が、稜央の運命をも暗く照らすように思えて、震える両腕を抱えた。

伝えられるのは、自分が踏んできた失敗の轍を二度と繰り返さないことだ。

「そっか…萌花さん、東京へ出るのね。いい稜央、遠距離恋愛は相手のことをとにかく信じることが何より大切なのよ。言葉では簡単に言えるけど、実際にはとても難しいの。距離は色々なものを阻害するの。それに負けてはだめよ。それと、決して萌花さんを傷つけるようなことをしてはだめ。敬って、寄り添って、大切にするのよ」

神妙な桜子の表情に稜央は、おそらく実体験のことを言っているのだろうと思った。
それが出来なかったから、俺が生まれて、今ここにいる、と。

「わかったよ母さん」

その言葉は素直に受け止めたいと誓った。

そして父親への怒りや恨みをまた静かにたゆらせるのだった。



#30へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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