【連載】運命の扉 宿命の旋律 #9
Arabesque - 装飾曲 -
ようやく残暑も落ち着いた10月。
昼休みに稜央が教室を出たのを目で追った萌花は、そっと後をつける。
彼は北校舎に向かっている。きっと音楽室だ。
萌花は階段の手前で戸惑う。以前ここで声を掛けて、ピアノのことを話したら怒ったように去ってしまったことを思い出したから。
すると背後から声を掛けられた。悠人だった。
「川越はまた川嶋に無視されてるの?」
その声に階段を昇っていた稜央も振り向いた。
「無視ってなんだよ」
反応したのは稜央の方だった。
「あれ、川嶋いたんだ。学校には居場所がないかと思っていたのに」
なんて酷いことを言うのだ、と萌花は腹が立った。
「川嶋ってさ、珍しく女子に気に入られているからって無視したり邪険に扱ったりしていい気になってるみたいだけど、飛んだお門違いなんじゃないの」
青ざめる萌花に稜央が反論した。
「何言ってるのかわからないんだけど」
「あれ、秀才の川嶋くんもわからない日本語があるんだ?」
「どうしても俺に喧嘩売りたいのなら、なんで川越の前でやるの? カッコつけたがりのお門違いはお前の方じゃないの?」
「喧嘩なんか売るつもり、全くないよ。物騒なこと言わないで。川越があまりにも不憫だから、俺がもらっちゃおうかなって思って、だから川越がいる時狙って、お前はもう蚊帳の外だよってことを手っ取り早く伝えたかった」
「だから、お前何言ってるかわからないんだよ」
悠人は稜央に聞こえるように萌花に言った。
「川越、もうあいつのこと気にするのはやめた方がいい」
そして萌花の腕を引っ張った。
「ちょっと…! やめて!」
それでも強引に萌花の腕を引いて悠人は立ち去ろうとする。
「川嶋くん!」
思わず稜央の方を見て萌花は叫んだ。
そんな彼女の様子に稜央も少し不安になったが、憮然と見送っただけだった。
北校舎側の外に出てきて、ようやく悠人は萌花の腕を放した。
「千田くん! どうしてあんなこと言ったの? 川嶋くんに後で謝って!」
「川嶋の彼女でもないのに、そんな事言わないでよ」
「彼女でも彼女でなくても、川嶋くんに言ったことは酷いことだよ! 私にこんな風に近づくのだって、川嶋くんへの当てつけなんでしょう? どうしてそこまでするの?」
悠人は驚いた顔をした後、急にしおらしくして言った。
「最初は確かに当てつけだった…。でもふざけているうちに本気になることもあるじゃない? 俺、本気で川越と付き合いたいって思うようになった」
そう言われて、萌花は全身の毛がよだった。
「そ、そんなこと言われたって嬉しくも何ともない!」
「きっかけがよくなかったかもしれない。でも最悪な状態から始めたっていいんじゃないかと思う」
「私は良くない!」
「川嶋のこと想ったって無駄だよ。諦めた方がいいよ。あんなヤツ好きになったって絶対報われないし、幸せになれない。だから俺と…」
そう言って悠人は萌花の頭を摑み、顔を寄せてきた。
「…やめて!」
振り払った萌花を捕まえようとした悠人の顔が凍りつく。
萌花が振り返ると、そこには稜央が立っていた。
「話を聞いてりゃ…千田の独りよがりもいいとこだな。呆れるを通り越して笑えるよ。どこまでおめでたい男なんだよお前は」
悠人と稜央の間に挟まれる形になった萌花はどうしたらいいかわからず、うろたえた。
そんな様子を見て稜央が言った。
「川越、嫌ならさっさと帰りなよ。俺は別に千田に謝られたいとも思ってないし」
その言葉を聞いて悠人を見やると、彼は悔しそうに顔を歪めている。
萌花は稜央の横をすり抜けるように、その場を去った。
* * *
あの後の2人がどうなったのかは知らない。
翌日の教室では、悠人はいつものように話しかけては来なかった。
稜央は逆に、今までと何も変わりはなかった。
悠人は人気者で周囲に人が集まるタイプだから、集団で稜央に嫌がらせでもするのではないかと萌花は懸念したが、進学校ではそんな事にいちいち構っている余裕は皆なく、やはり今まで通りだった。
悠人がちょっかいを出さなければ、周りも茶化さない。
何だかゲンキンだと萌花は腹が立った。
* * *
放課後、勇気を出して萌花は稜央に声をかける。
ちょうど彼が廊下に出てすぐのタイミングだ。
「川嶋くん…昨日はありがとう…」
稜央は振り返ると嘲笑を浮かべた。
「何だかよくわからないけど、千田は俺のこと徹底的に嫌いらしいってことだけはよくわかった。そういうの面倒くさいから俺は誰とも関わりたくないのにさ。どうしてみんな "放っておく" って一番簡単なことが出来ないのかね」
それだけ言って稜央は去っていく。北校舎に向かって。
好きとか嫌いとか、そういうのが面倒くさいのか…。
萌花はもう何度目かわからないため息をついた。
#10へつづく