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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #20 ~システムテスト開始

いよいよシステムテストが始まった。
リリースまで大詰めだ。

システムテストというのは、テストの中でも最後に行われるもので、移行データを投入して、リリース後の本番稼働を想定した動きを検証するものだ。
システムテストのシナリオは月次処理を含め全体で10日、バッファで3日。それを2回繰り返す。

僕は推進チームで作成したテストスケジュールを手に旗を振った。

各チームのリーダー格や実施担当者が10名ほど集まり、テスト期間中に朝会と夕会を行う。
ここではもうGood&Newは行わない。

でも険悪な雰囲気はない。皆、一生懸命な顔してる。
深刻になりそうな時は、誰かが「何とかなるって」と張り詰めた空気を変えてくれる。

「それじゃ、今日も一日、よろしくお願いします!」

朝会で皆から今日の作業内容を共有し合い、最後に僕が挨拶をして終わる。
推進チームのメンバーはシステム部とテストチームのいるフロアに分担し、何かあったらすぐに動けるようにしている。

僕と前田さんは自席で作業し、必要なSlackのチャットルームを常に監視する。

「手順で結構想定していないものが出てきますね」
「そういうものを見つけるのもシステムテストですから、今のうちに洗い出せるのはいいことです」
「確かに…」

僕たちにはシステムテストの実行以外にも、このタイミングでやることがあった。
システムテストを元にリリースのタイムスケジュールを作成することだ。

今回は既存システムの閉塞→既存の夜間バッチ→データ移行→システムリリースになる。

今はシステムリリース後にバッチ実行が必要なものの洗い出しの最終確認を行なっている。

これが完成したら、これを元にリリースリハーサルを行う。
リリースリハも2回ないし3回行われる。
その度にこのタイムテーブルも微調整していく。

僕は修正と出力、共有を加味してExcelでそれを作成していた。

順調に進められていると思っていた、システムテスト5日目ー。

その日はシステム日付を進めて、月次を跨ぐ処理を行なっていた。

そこで問題が発生する。

「先月度から繰り越した値が合致しません」

テストチームから報告があり、システム担当の井上くんと、移行データ担当の森田くんが現場へ向かった。

「移行が失敗している可能性がある」

森田さんが悲痛な声を挙げた。

「差分の確認と移行プログラムの確認を急ぎます」

井上くんがそう言って、2人は慌ただしく開発チームと移行チームに状況の確認を進めた。

「あぁ…画面上で既に不整合のエラーが出ているんですね…」

前田さんもテスターが取ったエビデンスを見て言った。

「移行データの検証は結構長いこと時間をかけてやっていたのに、こんな問題が起こるなんて」
「これもまぁ、そういうものです、と言ってはいけないのですが…」

さすがいくつか経験しているのか、前田さんはさほど慌ててはいない。

「月次処理に問題があることがわかりました」

2時間ほどして井上くんから報告があった。関係ないと思われていたとある月次バッチ処理に影響があったとのことだ。

「改修が済んだら検証環境へのリリースはどうしますか?」
「いつ頃あがりそうなんですか?」
「そんなに複雑な改修ではないようですが、単体テストと、開発環境でバッチを流してみるので…明後日朝には」

明後日となると既にシステムテストの1クール目が終盤だ。

「リリースしてもシナリオに影響は無いが…」

山下さんが意見をくれた。僕は早くリリースしてしまった方が、また新たな問題がそこで発覚出来るのでは、と思った。

「前田さんはどう思います?」
「私は次のクールまでリリースしない方がいいと思います」
「画面なんかの細かい改修は都度リリースしてるのもありますよ」
「規模によると思います。あとタイミング。結局リリースしてもそのバッチは動かす予定がなければ意味がないです」
「確かに…」

結局リリースは次クールの時まで見送る事にし、不整合データ分はスキップする事になった。

* * * * * * * * * *

その日の夜。

僕は野島次長に毎日、その日のテスト結果を報告していたので、月次バッチに影響範囲調査から漏れたバッチがあったことを報告した。

「改修とテストで2日要するとのことで、明後日には上がると聞いていますが、みんなと相談してリリースは次クールまで見送ることにしました」

次長は僕の話を聞きながら画面上でテストエビデンスを確認していたが、突然言った。

「2クール目のシナリオを変更しろ」
「えっ…、今からですか」
「今からって…まだ全然余裕だろう。月次処理を最低3回入れておけ。日程はそのままだ。十分可能だと思うが」
「さ、3ヶ月分やるってことですか」
「システム日付をいじるだけだ。入力系は今クールである程度潰してるだろ。だから入力系を減らして、月次を手厚くやれ」

野島次長の言うことは最もだった。
ただこのタイミングで変更なんて言ったら、みんながうんざりするんじゃないかと、不安になった。

「なんだ優吾、その顔は。テストで問題を炙り出せたんだから、それに適応していくのは当たり前だろう。変更をみんなに告げるのが嫌なのか」
「…図星です…」

不貞腐れ顔で僕が答えると、野島次長は笑った。

「素直だな。無茶難題を言うわけじゃないんだぞ。お前はもう根拠を示して相手に伝える力は持ってるだろう?」
「…まぁ、はい…」
「あとテストスケジュール修正はお前が作れ。できれば明日中に」
「僕がですか?」
「それも難しいことはないだろう。明日の朝会でみんなに伝えて、夕会で変更したスケジュールを告知しろ。いいな」
「…わかりました」

既に前田さんは帰宅していた。
チャットでチームメンバーに、今野島次長から言われたことを告げると、やれやれ仕方ない、と言った反応だった。

まぁリリース後に爆発するよりはマシだからな。押してもいいから手厚くやろう

山下さんがそんなコメントを送ってくれた。

僕はそのまま、テストスケジュールの修正に取り掛かった。
何なら明日の朝会で話したっていいだろう。

しばらくPCに向かってスケジュール修正をしていると、背後に人の気配がした。
野島次長だった。

「明日できることは今日やらなくてもいいと思うぞ」

さっきの厳しい言い方とは打って変わって、おどけた様子でそんなことを言う。
僕も少々ムキになった。

「いえ、今日できることは今日のうちに、です」
「なんだ、怒ってるのか?」
「怒ってませんよ」

僕はつい強い言い方をしてしまったので、謝った。

「す、すみません…。ちょっとムキになりました」

野島次長は笑って僕の肩をポンポンと叩き「優吾って本当に素直ないい奴だよな」と言った。

「出来上がったらみんなに渡す前に俺に見せてくれ」
「はい、もちろんです。まだ承認がないと自信がありませんから」
「…と言いながら、俺も今日はそんなに遅くまで残れない。明日の朝会の前に見せてくれるか?」
「はい、大丈夫です」
「娘がハイハイを始めたらしいんだ。早く見に帰らないと」

野島次長の顔がニヤついた。めちゃくちゃ嬉しそうだ。

「それは大事件ですね! とっとと帰ってください!」

僕もつられてニヤつく。
野島次長の娘さんである梨沙ちゃんとは二度ほど会っているので、親近感もあった。

「動画撮って送って見せてください。彼女にも見せたい」

僕の彼女の美羽も、去年のクリスマスに野島家で催された、クリスマス兼野島夫婦の結婚記念日パーティーに呼んでもらって、面識があった。

「よーし、送ってやる」

上機嫌になった理由はそれもあったのか。

一旦席に戻ってカバンを手にした野島次長は、再び僕の席まで来ると缶コーヒーを1つ、置いてくれた。

「じゃあお先。あまり遅くまでやるなよ」
「はい、ありがとうございます!」

僕も良い気分になって第2クールのテストスケジュール修正を完成させることが出来た。

10日で3ヶ月分は思ったほど無理を感じなかったが、システム日付を変えるタイミングは号令をかけていかないといけない。ますます朝会での認識合わせが重要になる。

出来上がった達成感もあり、翌日からの新たなプレッシャーもあったが、気分が良かった。

オフィスの戸締りをして外へ出ると、野島次長からメッセージが入った。

「お、早速動画かな?」

期待をして開くと、梨沙ちゃんの寝顔と

もう寝てた…🥲 今日に限って早くない?🥲

と、泣き顔のアイコン付きで送られていた。
21時過ぎ。

うーん、幼児にとってそれが早いのか遅いのか僕にはわからない。

僕が

ハイハイで疲れたんでしょうね

と返すと、また泣き顔だけの返信があった。

可愛らしい人だな、野島次長も。

自分の両親に強い怒りを持っているのが信じられない。

いや、だからこそ自分の子供には絶対に同じ思いをさせないという強い意志があるのかもしれない。

僕は少し前に野島次長と飲みに行った時のことをまた思い出していた。あの夜は、なんとも言えない濃さと重さがあった。

今まで『憧れ』というスーツの向こうにあった彼の素肌を見てしまったような高揚感。

まぁ、とりあえず明日だ。

明日の朝イチはとりあえず修正後のテストスケジュールを手に今夜の野島次長をからかってやろう。

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第21話につづく


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