【連載】運命の扉 宿命の旋律 #22
Rondo - 輪舞曲 -
2年生の10月になり、第1回目の進路指導が始まった。
萌花は担任からしきりに国立大への進路を勧められたが、何とも答えられなかった。
稜央はどう考えているんだろう、それが気になっていた。
放課後に昇降口で待っていると、進路相談を終えた稜央がやって来て、2人で一緒に校門を出た。
「稜央くんは結局進路、どうするの?音大とか藝大とか」
「俺、実績とかないしピアノなんてただの趣味だし、そんな世界に入ったってやっていけないよ」
「もったいないなぁ。あんなピアノ弾く人、ちょっといないと思うのに…。もちろん私もシロウトだけど、あんなに音に表情がある演奏…そうないと思う。稜央くんは弾きたい時に弾きたい曲を弾いているからかもしれないけど、嬉しい時、悲しい時、機嫌が悪い時…全部曲にして、目を閉じて聴いたら全部その感情が伝わって来る…ただ上手なだけじゃないんだよ」
「機嫌悪い時も聴かされて悪かったな…。萌花はどうするの?」
「私は前も話したけど、好きな所に行きなさいって両親も言ってくれてる。だから稜央くんに合わせたいなって思ってる」
「いいな萌花は自由で」
「稜央くんが行く場所について行って…いいよね?」
「…うん」
萌花は嬉しくて稜央の頬にキスをした。
稜央は恵まれている萌花が少し羨ましかった。経済的な事をあまり懸念しなくていいなんて、今まで感じたことない。
自分は実家を出たら仕送りだって必要になるだろう。
母はまだ幼い陽菜を育てながら、経済的支援を自分に続けなければならない。
そんな負担をかける事は出来ないと思った。
“多分俺は、ここから出られない”
自由な萌花には、こんな自分に縛られることなく、こんな地方都市に縛られることなく、東京へでも何処へでも出て行って欲しいと稜央は思っていた。
この恋はいずれ離ればなれになるだろうと、思っていた。
それがまるで輪廻のようだとは、稜央は思いもしなかった。
* * *
稜央が家に帰ると、桜子が進路指導についてどんな話をしたのか訊いてきた。
「先生は国公立を勧めてきて、自分もそのつもりだって答えた」
「志望校、もう見当あるの? 音楽やるの?」
「音楽はやらない。普通の文系学部よりお金がかかるでしょ」
「お金のこと気にしてるの…」
「陽菜だって来年から小学校じゃないか。俺だけの話じゃないから」
「稜央…」
桜子はキッチンから出てきて、稜央の隣に座った。
「お母さんね、稜央には本当はやりたい事、好きなだけやって欲しいのよ。お母さんが子供の頃は親がうるさくて、行きたい学校に行かせてくれなくて、反抗ばかりしてた。本当は東京の大学に行きたかったけれど、許してもらえなかった。
だからあんたにはそんな思いさせたくないの。多少の限界はあるけど、あまり家の事は気にしないで、好きなところ行って好きなだけやりなさい。今までこれだけ我慢してくれたんだから、もういいのよそんなに我慢しなくて」
「俺、本当に音楽やるつもりない。大学から始めたって、全国から優秀なやつが集まってきて、俺みたいな奴なんて絶対埋もれる。そうしたら学費の無駄になる。わかってるから、進まない。ここから通えるようなところで経済でも経営でも勉強するよ。それが俺の本当のやりたいこと、だから」
桜子は稜央のことが不憫でならなかった。
地元に残って経済や経営の勉強だなんて、本人が熱望しているわけがなかった。
ただ家のことを、母のことを気にして自分を犠牲にしているだけ。
再婚がうまく行っていたら…桜子は思う。
あの人とならやっていけると思った。もっと広い家に引っ越す予定もあった。
陽菜も身籠って、稜央の事も理解してくれた、と思っていた。
それなのにあの人は稜央に虐待を加えた。
最愛の息子を傷つけるのだけは許せなかった。
桜子は自分の人生を考える。
あたしの選択は、いつも間違ってばかりだったのではないか、と。
再婚も、稜央の出産も…。
けれどそこでいつも立ち止まる。
稜央を身籠った時のことを思い出す。
まだ二十歳だったけれど、心から愛した男性の子供を身籠ったとわかった時。
絶望的な気持ちと同時に、この子がいればずっとアイツを忘れることなく生きていけると思ったことを。
逆風はたくさんあったけれど、10時間以上の苦しみの果てに産まれて来た稜央を抱いた時、こんなに幸せなことはない、と感動に打ち震えて号泣したことを。
桜子は改めて稜央を見つめる。
高校生になって、時折恐ろしくなるほど、稜央は父親にそっくりになってきた。
「まぁ…まだ時間はあるから、家のことは気にしないで改めてよく考えて」
桜子は精一杯、そう言った。
それでも稜央は考えは変わらないだろうと思っていた。
今さら音楽を大学でやって何になる。
確実に落ちこぼれて、仮に卒業ができても何の仕事に就くというのか。
音楽教師なんて絶対に出来ないし、潰しの利かない学士を取ったって何もならないだろうと思った。
だったらこのまま趣味で弾いている方がどれだけ気が楽か。
俺の運命なんて生まれ落ちた瞬間から決まってたんだよな、と蔑むように笑った。
#23へつづく