【連載】運命の扉 宿命の旋律 #34
Fuga - 遁走曲 -
翌日になって萌花が大学へ行くと、稜央は一旦都心に出て帽子とサングラスとマスク、それに軍手とスパナを買い、カバンに詰めた。
そして私鉄に乗り、理工学部のある横浜のキャンパスへ向かった。
カバンから帽子を取り出して被り、通りすがりの学生に「理工学部の杉崎さんってどこにいますか」と尋ねた。
案の定怪訝な顔をされたので、萌花の大学名を名乗って、彼女が参加したというサークルの名前を出した。
「パーティで借りた金を返しに来たんですけど、スマホ壊れちゃって連絡取れなくて困ってるんです」
「学科はわかる?」
萌花が口にしていた学科の名前を告げると、運良くその人の知り合いが合点したようだった。
教室まで案内してくれるという。
稜央は少し後ろを付いて行き、教室の入口でその人が杉崎を呼んだ。
こちらに向かおうとしている姿と顔を記憶に焼き付け、稜央は走ってその場を去った。
学内にしばらく潜み、杉崎が出てくるのを待った。
やがて杉崎が構内を出ると、稜央は後を付けた。杉崎は電車で通っていた。
30分ほど乗り継ぎ、稜央はどこに出てきたかもわからなかったが、幸い日も落ちた時間になり、辺りが暗くなった。
住宅街に入っていき、人通りもほとんどなくなった。
“ラッキーだ…俺はラッキーだぞ…”
稜央はマスクとサングラスを付け、軍手をはめてスパナを握り、少しづつ間を縮めていった。
杉崎はイヤホンでもしているのか、若干身体を揺らしながら歩いており、気づく気配はなかった。
相手も長身だが、自分もそこそこの背がある。狙いには問題ない。
息を殺して近寄り、杉崎の後頭部目掛けて力いっぱいスパナを振り抜いた。
* * *
それから稜央は走って走って走り抜いた。闇雲にあちこち曲がりまくって走った。
走りながらスパナと軍手をカバンにいれ、マスクとサングラスを外してそれもカバンに入れた。
途中聞こえる緊急車両のサイレンの音に恐怖を感じ、自分のことを追いかけているのではないかという不安にかられ、また走った。
ここはどこで、どこへ向かっているかなんて全くわからない。
どれくらい走っただろうか。いよいよ力尽きた時に小さな公園が目に入った。
ベンチや遊具には触れず、ひとまず息を整えようと思った。
スマホを取り出し、現在位置を確認した。
降りた駅からもだいぶ離れてしまった。他の路線の方が近そうだ。
そこから萌花の住まいの最寄駅まで検索をかけた。2回ほど乗り換えを要し、1時間半近くかかりそうだった。
帰る前にカバンの中のものを捨てなければならない。慎重に。
軍手を取り出してはめ、スパナを取り出すと、思ったほど血糊が付いていなかった。
しかし感触は確かにあった。
殴った後どうなったのかは一度も振り向いていないからわからない。
スパナを再びカバンにしまい公園のゴミ箱に目をやったが、それは無視してまず近くのコンビニのゴミ箱にサングラスを捨てた。
しばらく歩いて別のコンビニのゴミ箱にマスクを捨てた。
駅に着いて軍手を外して電車に乗り、乗り換えの駅で外に出た。近くに川が流れている。
その川にスパナを捨て、また電車に乗った。
2回目の乗り換えの駅で再び外に出て、コンビニのゴミ箱に軍手を捨てた。
帽子とカバンは実家に帰ってから処分すればいいと考えた。
* * *
22時過ぎになって戻ってきた稜央は、顔面蒼白で引きつっていた。
「稜央くん…どこへ行ってたの?」
「萌花はもう全部忘れていい。安心していいよ」
その言葉に萌花は口を抑えた。
「どういうこと…?」
「…」
稜央が萌花を抱きしめると、萌花は彼の身体が震えている事に気がついた。
「稜央くん…震えてる…」
「もうサークルには顔出すな。アイツの名前も顔も金輪際記憶から消すんだ」
「…忘れるには…まだひとつ気になることが…」
「なに?」
「生理が…来ないと…」
稜央はギュッと目を閉じた。
どうしてこんな事になってしまったんだ。
怒りの矛先は、野島遼太郎へと向かっていた。
#35へつづく