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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #6
Étude - 練習曲 -
萌花の親友の結衣は、最近の萌花の様子がおかしいことにすぐ気がついた。
「萌花さ、好きな人出来たよね?」
単刀直入に訊いてくる。
「え、な、なんで」
「だって上の空が多くなった! 今までそんなことなかったからもしや!と思って」
さすが親友は鋭い、と思った。萌花は不自然に口ごもる。
「萌花にとって初恋じゃない? 誰? 同じクラスの人?」
「…うん。でも絶対内緒にして!」
「言わない言わない。っていうか誰に言うっていうの? で、誰?」
あえて名前を口にする、それがどれだけ緊張するかを萌花は思い知った。
「川嶋…稜央くん、って、いう…」
「川嶋稜央ね。明日チェックしに行くわ」
「ちょっとやめて!」
「どうして? どんな人か見たい。当然じゃない」
「そっとしておいて欲しいの。まだまともに会話したこともないんだし」
「ちょうどいいわ。協力するから」
「結衣~!」
快活な結衣は時に強引で、そんな性格に萌花は何度も助けられてきた。
兄が亡くなった時も、なるべく結衣は外へ外へと連れ出してくれた。
毎日毎晩の涙から救ってくれたのは、結衣だった。
* * *
「で、萌花の好きな川嶋稜央って、どの人?」
翌日の1限と2限の間の10分休憩で結衣が萌花の元にやって来て、耳元で囁いた。
フルネームで名前を出されて、心臓が跳ね上がった。
「え、今?」
「だって善は急げでしょ?」
「善って…」
萌花は思わず廊下にいる稜央に目をやった。すかさず結衣が視線の先を追う。
「あいつ…?」
「あいつって、誰を指してるの」
「廊下の、窓にもたれて本読んでる男…」
「うん…そう…」
すると結衣は後方の扉から教室の外に出て、わざと稜央の前をあからさまにジロジロ見ながら通り過ぎ、前方の扉から萌花のところに戻って来た。
「わからなくもないけど、気難しそうじゃない? どこが良かったの? 顔?」
「違う…」
「え、なに。他に琴線に触れる何かがあったの?」
そこでチャイムが鳴った。
「あぁ、もう! 続きは昼休み聞くわ!」
そう言って結衣は勢いよく出て行った。
萌花はため息をついて、廊下から戻ってくる稜央をそっと盗み見た。
とっとっと、と鼓動が素速いリズムを刻む。
* * *
2〜3日後。
結衣の部活がない日に学校帰りに2人で街中のカフェに行った。
「萌花の好きな人のこと、千田くんにもそれとな~く訊いたんだけど、なんかネガティブなことしか言ってなかった。ホントに大丈夫、その人?」
結衣はなかなか萌花から詳細を聞けないことに苛立って、萌花のクラスメイトで同じ部活の千田悠人に聞いたとのことだった。
「え、千田くんに話したの!?」
「萌花のことは話してないよ、それとなく訊いてみただけ」
「…なんて言ってた? 千田くん」
「なんか愛想なくて暗いし喋らないし友達も多分いないし、でも頭はめちゃめちゃ良くて返って気味が悪いって」
"自分が最初に受けた印象と全く一緒。他人からは彼はそんな風に見える"
でもそれは「目に見えていること」だけで、彼がどれだけ音楽によって饒舌に、情熱的になるのかを知らないからだ。
普段は表情を消すことで殻を作って守っているのだ。頑なに。
でも何を守っているのかまでは、萌花は未だわからなかった。
「ホントにどこが良かったの?」
「うん…」
萌花はなんとなく、彼がピアノを弾いていたことを言い出せなかった。
自分が切り出しただけで、物凄い剣幕をされたのだから、気軽に言ってはいけない気がした。
そしてそれは、自分だけの秘密にしておきたい、と言う欲もあった。
「もー、萌花ってそんな秘密主義だったっけ?」
「密にしているわけじゃなくて…本当によく知らないだけなの」
「よく知らない人好きになんかならないでしょ~!? 理由があるから好きになるんでしょう?」
「…」
口をつむぐ萌花に対し、結衣は小さくため息をついた。
「まぁあんまり萌花を困らせても仕方ない。でもほんと、協力したいからさ。萌花に彼氏出来てほしいなって」
「ありがと結衣…。気持ちだけでも嬉しいから」
結衣は萌花の額を軽く小突いた。
「逆に結衣はどうなの? 千田くんのことカッコいい、って前に話してたよね」
そう言うと結衣は少し表情を曇らせた。
「そうね、見た目ほどじゃなかった感じかな?」
普段の結衣の様子と違ったので何かあったのかと思ったけれど、結衣もまた詳しくは話そうとはしなかった。
#7へつづく
※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。