【連載】運命の扉 宿命の旋律 #32
Atonality - 無調音楽 -
萌花は学内の友人とも相談してインカレサークルを探したが、なかなか○○大学の理工学部生とは接点が持てなかった。
同じ大学の他の学部の学生は何人かいたので、まずはその人達に近づいてみることにしようと思ったが、なかなか都合が合わないまま試験期間に入ってしまった。
しばらく稜央に有効な情報提供する機会がなくなると思うと、萌花も焦った。
夏休み中はフルで地元に帰ろうと思っていた萌花だったが、試験休み中のイベントで理工学部生に友だちがいると言う人と知り合えた。
「理工学部生限定で彼氏を探してるんですか?」
そんな風に言われても仕方がないのだが、萌花はやんわりとそうではない、と伝えた。
夏休みは実家に帰ってしまうので、休み明けに会わせてほしい、と約束を取り付けた。
* * *
萌花は夏休みに実家に帰り、稜央がバイトの時間以外はほとんど一緒に過ごした。
両親が留守の間に互いの家で過ごしたり、ネカフェで夜を明かすこともあった。
稜央の部屋で過ごす時は彼がピアノを弾いてくれた。
高校生の時に音楽室でも弾いてくれた、久石譲の『Summer』を弾いてくれた時は、懐かしさと今一緒にいる嬉しさで涙が出そうになった。
インカレサークルで理工学部の学生と休み明けに接点が持てるかもしれないと告げると、稜央は喜んだ。
稜央の笑顔が、萌花に最も幸せをもたらした。
* * *
夏休みが終わり東京へ戻った萌花は、約束通りサークルの友人と会った。
紹介してもらえたのは男子学生だった。2つ上の大学3年で、名前を杉崎と言った。ガッシリとした体型で背も高く、見上げてしまうくらいだった。
出来れば女性が良かったが、学部の特性上、女子学生は少ないのだろう。致し方なかった。
まずは知り合いになった子と横浜にあるキャンパスの一角にて3人で会い、学部のことを色々お話聞きたいとアプローチした。
知り合いはバイトがあるからと先に帰り、杉崎と2人になった。
キャンパス内を杉崎の歩くままに萌花はついて行った。
萌花は、とある理工学部卒業生の就職先を知りたいと、単刀直入にお願いした。
杉崎は興味深そうな顔をした。
「随分意味深な感じだね。誰なのその人」
「この方です」
萌花は野島遼太郎の名前と卒業年、在籍学科が書かれたメモを差し出した。
「結構前の卒業生じゃん。どうしてこの人の就職先知りたいの?」
「それはちょっと言えないんです、ごめんなさい。大学のキャリアセンターで調べること、出来ないですか? OB訪問という名目とかで」
杉崎はそうだなぁ、と思案した。
「萌花ちゃんがヤラせてくれるなら、いいよ」
萌花はしまった、と思った。
「それは出来ません。私、彼氏がいます」
「お願いするって、それなりにお礼とか見返りとか、用意するものだと思うけど。それにこれってなんかヤバそうな匂いがするしさ」
「ごめんなさい。そういうことであれば結構です。自分でなんとかします」
萌花はメモを奪って立ち去ろうとしたが、その腕を強く引かれた。
「…! 放して!」
「萌花ちゃん…かわいいなって思ってたんだ。まだ19歳でしょ?」
「やめてください! 大声出しますよ」
「出せば?」
杉崎は萌花の腕を更に強く引いて、人気のない場所に引きずり込むと羽交い締めにして口を塞いだ。
* * *
部屋の灯りも点けずに、萌花はベッドの上に膝を抱えて座っていた。
窓の外から車の走行音がとぎれとぎれ聞こえてくる。
唇を噛み締め、頬には涙の跡が張り付いていた。
スマホにメッセージの着信通知が来て、その音にビクリと怯えた。
稜央からだった。
いつも萌花が何度もメッセージを送るのに、その日は午前中だけで途切れていたことを心配するメッセージだった。
そんな優しいメッセージを送ってくることなんて今まであまり無かったから、萌花は号泣してしまった。
どうしよう。
稜央を裏切った。
返事を返せずにいると、電話が鳴った。稜央からだ。
萌花は怯えて出ることが出来ない。
一度切れ、間を空けずに再び鳴った。それでも出ることが出来ない。
メッセージが入る。
話したい。でも。
萌花はうずくまって何度も「ごめんなさい」と謝った。
* * *
数日後、萌花の元に杉崎からメッセージが入った。
萌花は会うことは出来ないからメッセージでお願いします、と送ったが、会わなければ教えない、と返信された。
萌花は屈した。
稜央が最も欲しがっている情報なのだ、と言い聞かせて、杉崎に再び会うことにした。
場所は杉崎の住むマンションだった。
* * *
その日の夜、萌花は久しぶりに稜央にメッセージを送った。
野島遼太郎の情報を入手出来た、と伝えるメッセージだ。
初めて杉崎に接触して以来、メッセージを送ることが出来ずにいて、稜央から何度もメッセージや電話がかかってきたが、全て出ることが出来なかった。
送信後数分で稜央から電話がかかってきた。
『今までどうしてたの!? めちゃくちゃ心配してたんだよ!』
「…ごめんなさい。ちょっと体調が悪かったの」
『えっ…そうだったのか…。 一人暮らしだとそういう時困るよな…もう大丈夫なの?』
「うん…」
萌花の声に張りがないことを、稜央は体調不良のせいだと疑わなかった。
『でもそれでも調べてくれたんだね…。本当にありがとう。感謝してもしきれないよ』
「うん…」
萌花は我慢ができず、電話口で泣いてしまった。
『どうした? やっぱりまだ身体つらいんじゃないのか?』
「稜央くん、ごめん…ごめんなさい」
電話口でただただ泣いて謝る萌花に稜央は戸惑った。
「ごめんね…メッセージでわかったこと送るから」
そう言って萌花は電話を切り、杉崎から入手したテキスト情報と、会社内で撮られたと思しき "野島遼太郎" の写真をメッセージに添付して送った。
やや離れた場所からの写真なので、はっきりとしているわけではないが、相当、稜央に似ている、と萌花は思った。
送った後すぐに萌花は杉崎の連絡先を削除した。
#33へつづく