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【連載短編】あなたがいないとしても #2
そうこう悩んでいるうちに日はどんどん過ぎていき、10月に入った。
つわりは相変わらず酷く、食欲がないと言い訳をして(実際食欲はなかったが)家族の前では食事をしないようにした。
お腹は心なしか、下腹が少し出てきている、ような気がした。
身体も気持ちも辛いのに、何も出来ない。
涙がにじむ。
あたしは中学時代に仲の良かった三香に久しぶりに連絡を取ることにした。
『チェリー? やだー久しぶり! 元気にしてた?』
三香は別の高校に進学し今は専門学校に通っていて、あまり会うことはなかった。こうして連絡を取ったのも2年か3年ぶりだと思う。
あたしが三香の中3の時のクラスメイト、野島遼太郎と付き合っていたことも知らないはずだ。
「うん…三香は元気だった?」
『元気だよー。就活も終わったし、ホッとしたところだったよ』
そうか。三香はもう来年は就職なのか。
また自分だけ切り離されたような気持ちになる。
『どうしたの? 連絡くれるなんて珍しい。何かあった? もしかして結婚とかするの~?』
ドキリとする。
「そ、そんなんじゃないよー。ちょっと久しぶりに、どうしてるかなって思って」
『そう? ね、良かったら近いうち会わない? 私も今だったら時間あるからさ~』
「あ、うん。会いたい。いつがいっか」
自然な流れで三香と会う約束をすることが出来た。
その、日曜日。
高校の最寄駅がやや栄えているので、そこの駅前のカフェで待ち合わせた。
「やっほー、チェリー! ちょっと顔ほっそりしたんじゃない?」
「三香もあの頃よりスマートになったと思うよ」
「またまたぁ」
あたしたちは束の間笑いあった。
オーダーの時に三香は紅茶とケーキのセットを頼んだが、あたしはレモネードが精一杯だった。
「ケーキいらないの?」
「うん…今ちょっと、そんなにお腹空いてなくて」
「え~、ここのケーキどれも美味しいのに」
「ごめん…」
「まさか過激なダイエットとかしてるんじゃないでしょうね?」
「そんなんじゃないよ」
食べ物の匂いでえずいてしまわないように、ハンカチにミントの香りを染み込ませてきたので、さり気なくそれを鼻元に当てる。
三香はしばらく同じ中学の共通の友人の話などをしてきて、そこそこ盛り上がった。
しかし。
「そういえばチェリーの高校に野島くんも行ったよね。彼、高校でどうだった?」
もうここで名前が出るとは。
むしろこれをきっかけとするしかない。
「実は…三香に相談があって」
あたしはその "野島遼太郎" との経緯から、妊娠のことまで打ち明けた。
「付き合っていて」の時点で三香は大声で叫んで周りのお客さんから大目玉をくらったが、「別れた後に妊娠がわかって」の段階では、ケーキのフォークを全く動かすことができなくなっていた。
「それで…どうしていいかわからなくて…誰に相談したらいいかもわからなくて…」
「こちらも一気に情報過多になって処理ができなくなってるけど」
「ごめん…」
「まずはさ、野島くん本人に絶対言うべきだよ」
「普通はそう。でも出来ないの」
「いや、おかしいでしょ」
「おかしいの、あたしはおかしいのよ」
三香は鼻で大きく息を吐いた。
「じゃあ、お母さんに相談すべきじゃない?」
「でも…」
「それ以外に誰がいる? 女性で、身体のことも妊娠のこともわかっている人って、お母さん以外相談できないでしょ?」
「それはそうなんだけど…。家族が知ったら、アイツの家に殴り込みに行きそうで。そういうのすごく嫌なの。アイツはいないのに。いても嫌だけど」
「まぁ、普通は殴り込みに行くでしょうね」
「だから…」
「普通じゃないから、それも困るってわけね」
「…」
三香は二度目の鼻ため息をつく。
「でも堕ろすなら早くした方が…」
「堕ろさないつもりなの」
三香の目がまん丸く開き、口があんぐりと開く。
「え、ちょ、チェリーまだ大学生だよ?」
「大学生でも産んでる人もいるよね」
「そりゃあ広いこの世の中いるだろうけど…、え? お母さんになるってことなんだよ?」
「…」
「ペットを飼うのとはわけが違うんだよ?」
「わかってるよそんなこと!」
しばらくお互い黙り込む。
「え…本気、なの…?」
もう少し時間が経って妊娠が発覚していたら、別の選択肢を選んだかもしれない。
けれどまだ、別れて間もなかった。
めちゃくちゃに大好きだった人の子供が、あたしの中にいる。
世の中には子供に恵まれない人だっている。
でもあたしは授かった。
すがりたかった。この子に。
なかったことにするなんて、嫌だった。
「チェリー、もう別れちゃった彼氏の子なんて絶対産まない方がいいよ。今ならいろんな傷が浅いうちにやり直しがきくよ。新しい彼氏もすぐ出来るだろうし、ちゃんとしたさ、そういうの、出来るようになるからさ」
至極もっともなことだと思う。
けれど。
「嫌だ…堕ろすなんて…嫌だ…」
「チェリー、産むのはマジでやばいよ…」
「どうしてやばいの」
「だってそうでしょう、もうわかってよ~!」
「もういい。誰にも頼らない。一人で産む」
「ちょっと待って。それは絶対ムリだから」
「絶対ムリでも産む!」
三香は心底困り果てた顔をして、ケーキも半分以上残っているのに、食べられずにいた。
「…じゃあさ、唯一の望みはさ、お母さんに話すことだよ、やっぱり」
「…」
「チェリーのお母さん、ちょっと変わってるところあるじゃない? わかってくれるかもしれないし」
「…」
「チェリー、今私に強い意志を示してくれたじゃない。それをお母さんにも示したらわかってくれるよ」
「家族が…」
「家族なんて! そんなこと気にしていたら、自分がこれから家族を作ろうとしているのに何言ってるの!」
三香の言葉にハッとした。
家族…あたし、これから家族を作るのか。
家族…。
「今日帰ったら、お母さんに話しな。ね?」
「…うん」
三香はようやくフォークを手に取り、大きめの一口をすくって口に入れた。
* * *
とはいえ、狭い家に家族5人。
どこでこっそり母だけに打ち明けられる時間と場所があるか。
あたしは授業が早く終る曜日に、母親の買い物を手伝う、という名目で2人になるチャンスを伺った。
そしてどうにかそんなシチュエーションに持ち込み、軽自動車に乗り込み母と2人でスーパーへ向かう。けれどなかなか話を切り出せない。
買い物も済み、家路に着く途中。もうそこしかなかった。
「お母さん」
意を決して言った。母は前を向いたまま「なにー?」と呑気な声。
「あたし、子供、産むことにした」
急ブレーキがかかる。
「あんた、何を突然言い出すかと思ったら。いつ産むの」
「来年の6月になると思う」
母は視線をぐるぐると泳がせた。
「それってもう妊娠してるってこと?」
「うん…」
さすがの母もショックを受けた顔になって、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「相手は誰?」
「…」
「まさかあんた…どこかで乱暴されたとかじゃないだろうね!?」
「それは違う」
「彼氏の子ってことかい?」
「…彼氏は今はいない」
「…どういうこと? 妊娠をきっかけに捨てられたとでも言うの?」
「違う」
あたしは経緯を正直に話した。母もまた絶句した。
「お願い、特にお祖母ちゃんには絶対に言わないで」
「言わないでって…だって一大事だよこれは」
「相手が誰かだけでも隠していて。お願い」
「まぁ確かに…お祖母ちゃん、あそこの家嫌っているからね。何をされたのか知らないけど」
「お母さんも、嫌い?」
「あたしは別に…そもそもあの家は別世界の人だと思っているから。何とも」
それからは三香に言われたこととほぼ同じ説教をされたが、あたしは「産む」と言い張った。
「大学はどうするの」
「辞めて働く」
「小さな子供がいてすぐに働けるわけないでしょう?」
「それでも働くしかない。これ以上お母さんたちに迷惑かけられないし」
「産まずに済めば一番迷惑はかからないけど…けど…」
「けど、なに?」
「それじゃあんたと、その子が…一生傷を抱えるね。それもあまりにもかわいそう…か。どっちにしても辛いことには変わらないわね」
あたしは号泣してしまった。
「お母さん…!」
母はため息をつき、ちょっといろいろ考えよう、と言った。
#3へつづく