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秋にさくら 憧れのまほうつかい。

さくらももこ先生のエッセイを紹介するシリーズ。

今回は・・何とも素敵でわくわくするタイトル。
ファンタジックな世界観を期待してしまう。が、そこはさくらももこワールド。ただでは済まないのだ。

是非実物を手に取って読んで頂きたいから、冒頭をメインに紹介します。


「憧れのまほうつかい」

手元の文庫本には平成13年(初版)と書いてあった。もう変色してボロボロだけど、表紙の絵はキラキラと輝き続けている。魔導書が如く。

そのまほうつかいの名は「エロール・ル・カイン」といった。初見の反応は「エロの巻物みたい」。酷いな。聞き慣れた外国人の名前ではないのは確か。

彼は絵本の魔法使い。「おどる12人のおひめさま」というタイトルの絵本を見つけた当時17歳のさくら先生。ひと目で絵に恋をした。何もためらわずレジに直行した。そして北風の中自転車を全力でぶっ飛ばして自宅に帰り、こたつに飛び込んで本を開く。


ため息の出るような、この世の全ての素敵を集めたかのような絵本だった。色彩感覚、発想の豊かさ、完成度・・見事としか言いようがない。こんな絵をどんな人が描いているのかと作者紹介のページを見れば、なんとまあ繊細で知的で優しそうなカッコイイ男性の姿。眼鏡もかけてる。

やっぱりねぇ、こういう人だよねぇ、これを描いてる人ならねぇ。と感激する少女。作品と顔は関係無いが、もし彼が大変下品でくだらないバカ面をしていたらガッカリしたかもしれない。わかる。

この後「おどる12人のおひめさま」の内容が語られるのだが、それと共に美しい挿絵の数々も掲載されているので必見。確かにこれは幻想的な魔法のようだ。この人でなければ、絵にも描けない美しさ。

それからは他の本も何冊か購入し、毎日毎日ルカインの絵本を見ていたという。優れたテクニックに圧倒されるばかり。それでも凄いのに、一つの絵柄に留まらずとにかく多国籍なのだ。ヨーロッパ風から日本風まで。どれも完成度が高い。

その才能に少女は感動と共に打ちのめされてしまった。毎日絵を描いていてもこの絵に比べたらクズだと。絶望感。将来の希望の一つであったイラストレーターは諦めねばなるまい、と。私はさくら先生の一枚絵、とても好きだ。絶対この人にしか描けないセンス。

エロール・ル・カインに会ってみたい。どんな風に絵を描くのか。なんなら弟子にして欲しい。どうせ自分の将来など大して良い事無いはず。せいぜい上手く行って、ちょっと気の利いた地元の会社のOLになり、無難な男と結婚してあとは子育てしながらばあさんになってゆく程度。ル・カインの弟子になれば、あの素晴らしい作品をそばで見ながら働ける。よっぽど充実した人生を送れるはず。

思いは募る一方。だが極東の国の片隅に住む17歳の八百屋の娘に何が出来る。彼はイギリスに住んでいるのだ。向こうではディズニー並みの英雄かもしれない。ビートルズの人達とも交流が深いかもしれない。エリザベス女王から勲章の一つや二つもらっているかもしれない。そんな人の弟子になりたいなんて到底無理に決まっている。連絡先も分からないし、一番の難題は英語が話せない事である。無茶な願望抱く前に顔洗って出直してこいという話。

よし、頭を冷やして漫画家になろう。ル・カインの弟子よりよほど現実的だ。地道な活動の果てに、ようやく八百屋の娘は漫画家デビューに至る。19歳だった。美しいル・カインの世界と違ってお笑い路線だったが。

全く縁が無いように思えて「出版界」という大きな世界を介すればもしかしたら彼に会えるかもしれない。ここで頑張っていればそのうちどんな障壁も飛び越えて彼に出会う事が出来るかもしれない。出版界に不可能は無い!田舎娘は若気の至りと物知らずにより割と本気でそう思っていた。

八百屋の娘はお笑い漫画を描く日々に追われ、ル・カインとは別に何の連絡も取れないまま月日は流れ、ル・カインに会う計画を真剣に考える事を忘れていた。時折絵本の新刊コーナーに、ル・カインの作品が置かれているのを見つけては新刊が出た事への喜びを発する程度の情熱に落ち着いていた。

ある日、目を疑う出来事が起きた。
「遺作」という文字と共に。



冒頭の部分だけでもさくら先生の愛が駄々洩れて、いかにル・カインという存在が彼女にとって偉大であったかが分かる。「私の中のル・カイン」という一枚絵のシリーズがある。文庫本で見た分だとコジコジが描かれているものが多い。ル・カインをリスペクトしつつもあくまでさくらももこの世界。彼女にしか描けぬ世界。彼女もまた、憧れのまほうつかい。

そして、満を持してル・カインに会いに行く。
彼の足跡を、人脈を、生きた証を。

この後は楽しい楽しいイギリス旅行記だったり、ル・カインゆかりの人物に会いに行ったり、原画に触れたりして盛りだくさん。勿論ズッコケ話だっていっぱい。わくわくのお買い物道中。ところどころにル・カインが手掛けた挿絵が挟まれ、いかに彼が才能の人であったかがよく分かる。そんな彼はもういない。



クリエイターが一人失われるという事は、唯一無二の世界が一つ破滅するという事。二度と元には戻らないし再現も不可能だ。その人にしか出せないものだから。

偉大なル・カインは幻想的で唯一無二の作品群を残して去っていったが、それを見た後続の者が影響されて道を志す。また唯一無二の芸術が生まれる。そして共に後の世に末永く続いて行く・・世界のサイクルはこうであれ。

クリエイトするのだ。それはクズなんかじゃないよ。貴方の素晴らしい作品だ。誰かが好きになってくれる運命を背負った、素敵なものだ。貴方という存在の証明。成長の証。歴史の一ページ。あらゆる要素の詰まったものだ。

だから思い立ったら作って欲しい。名は無くとも作る事は出来るから。クリエイトする事に有名無名上手い下手なんて関係ないやい。作りたいから作るのだ。貴方の作品を見せてくれ。出来れば広範囲に見えるように。見たいんだ、知らない誰かの作品を。

日々、クリエイターの訃報を見てしまう度に思う。どんなジャンルの人であろうともショックだ。大御所だろうが新進気鋭でこれからって人でも。クリエイターは健康であれ。末永く生き残って作品作って欲しい。作品も大事だけど、何より大事なのは貴方である事を忘れないで欲しい。ファンの人だってそう思ってる。無理しないで200年は健康に生きて欲しい。

私もクリエイターの末席も末席、いやおめーの席ねーから!かもしれない。だけど懲りずに作り続ける。誰か、刺さってくれる人を見つけるために。愚直に作り続ける事だけは出来るんだ。

LINEスタンプなんて日々新作が生まれては流れていく場所。私のような無名に何が出来る。今は無力かもしれない。だけど作らなきゃ見てもらえない。見てもらっても買ってもらえないかもしれない。そんな事考えてたら作れないから考えない。ただ愚かに、自分が良いと思ったものをもそもそと作るだけ。いつか誰かに響くように。誰かが「良いな」って言ってくれるように。

・・偉大なクリエイターの力を分けてもらい、今日も創作にふけろう。

ル・カインの絵には、間違いなくその力がある。色あせる事無き鮮やかでテクニカルな魔法。さくらももこの絵には人を楽しませる魔法がかかっている。その魔力はきっとずっと変わらない。人間が世界に存在する限り。

全てのクリエイターよ、永遠なれ。魔法の力を持つ者たちよ。



ありがとうございました。
プレゼンというより自分語りになってしまいましたが、本を手に取ってみたいという気持ちになって下されば幸い。クリエイターの方には是非読んで頂きたい一冊。それが「憧れのまほうつかい」。

私の覚えたばかりの魔法も見て下さい。見るだけでも・・!買って下さったら一日泣いて喜びます。励みになります。生きようと思えます。

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