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Life's a nudist beach

(12)月子さんとノブちゃんへ

  あの日、トーマスと初めてヌーディストビーチに行った日、陽が暮れ始めるなり、ビーチに涼しい風が吹き出しました。オールヌードでは肌寒くなってきます。トーマスと自分は起き上がり、パンツとTシャツを着て、浜辺を歩き始めます。青一色だった空にピンクやロゼ色が走り始めます。

 ホステルに帰るなり、部屋でシャワーを浴びます。浜辺の砂とサンオイルを流し落とした後は、今日スーパーで買った2ユーロのロゼのスパークリングワインを試してみます。一緒に飲もうとトーマスを誘うと、彼は右手の人差指で天井を指します。何のことやらと思いつつ、彼が階段を上がるので付いて行きます。重い鉄のドアを開けると、そこは屋上でした。がらんとしていて、数個の椅子が置いてあるだけです。
  でも、気持ちのいい微風が舞っています。そしてそこからは美しい海が一望できます。スペイン風の白い家並み、ヤシの木々、そして周辺の海。白い建物には電灯が灯り、遠方には山々のシルエットが夕闇の迫る地平線にぼんやりと浮かんでいます。

 椅子に腰掛け、早速スパークリングワインのコルクを開けます。ポ〜ン! 勢いのいい爆音と共に泡が吹き出してきます。色はマヨルカ島の夕日というよりは、ハイビスカスの赤に近く、それをグラスに注ぎ、口に運びます。細かい泡が口の中で弾け、舌と口内をピリピリと刺激します。いちご、りんご、あんず、スイカなどの味が仲良く舌の上でとろけ、キンキンに冷えたロゼスパークリングが乾いた喉を癒してくれます。

「オイシイ!」

 自分は右手の親指を立てます。

「Good!」

 トーマスも力強く両方の親指を立てます。

 月子さん、信じられないかもしれないでしょうが、400円のこのスパークリングワインは実に上手いですよ。この値段なのにスペイン産のカヴァ(Cava)、味は確かにドンペリニヨンに及ばないかもしれませんが、その製法はフランスのシャンパンとほぼ同じ。十分に美味しい。いやそれどころか400円でこの味とは仰天です。
 考えてみれば、日本のスーパーマーケットで時折、スペイン産のスパークリングワインを約800円代で特売していることがあります。日本でこの値段なら原価はいくらだろうと思い巡らせたことがあります。たぶん現地スペインならさらに安いはず。でも、まさか現地の小売価格が200円とは、卸価格はさらに安く、たぶん原価は50円、いや30円以下ではないでしょうか。

「カンパイ!」

 トーマスも繰り返しました――「カンパイ!」

 そして「オイシイ!」

 彼の日本語の語彙は、早くも単語が2つも増えました。「カンパイ!」、「オイシイ!」を何回も繰り返します。自分もトーマスもホロ酔いになり、幸せな気分に浸ります。こんな気持ちになるのは本当に久しぶりです。何年ぶりかな。

「Life's xxx」

 トーマスがスパークリングワインを飲み干しながら嬉しそうに呟きます。

 自分はそれを聞き取れません。そのセンテンスを自分のスマホに書いてもらいます――「Life's a beach!」

 これはつまり「人生は浜辺だ!」、「人生は真夏のビーチだ!」ということなのでしょうか。意味がいまひとつピンときません。そこでスマホで検索してみると、「人生はバラ色だ!」という意訳が見つかります。なるほどね、海とビーチと休暇(特に有給休暇なら)と太陽があれば、人生がバラ色でないわけがない。真夏のビーチのように美しく輝く人生は、どんなに素晴らしいか。ワインと海、それだけで十分でしょう。自分はトーマスに向かって両手の親指を勢いよく立てます。

 そして突然閃いた思いつきをスマホに書きます――「Life's a nudist beach!」

 トーマスが膝を叩いて大笑いします。日焼けした肌からのぞく白い歯が綺麗です。彼は自分の肩に腕を回し、体を揺らしながら、ゲラゲラと笑っています。自分も彼の肩に腕を回します。互いに肩を組みながら、笑いが止まりません。笑いに揺れながら彼が腕に力を入れてきます。そのやさしい力が自分の内に伝わってきます。胸に、心臓に、へそに、その下方へと。そして自分のピンクのハートの鼓動が激しくなり、いつもは隠れ潜んでいる中性的な淡いロゼワイン色へと目覚めていきます。

 思わず自分は空を見上げます。陽はすでに暮れ、スペインの燃える太陽は水平線の彼方にすでに消え去っています。それでも空にはその余韻が残り、陽は完全に暮れることを拒み、ピンク、ロゼ、茜、オレンジなどの鮮やかな色が空に交錯しています。遠い空の端には三日月が白く銀色に光っています。月は夜が暮れるにつれ、薄い黄色から白へ、銀色へ、そしてプラチナ色へと、宝石のごとく夜空を照らしています。

 月子さんのことがふと心をよぎります。

「私、自分の名前が嫌いなの」

 月子さんの声が耳の底にこびりついています。

「月子って詩的で素敵だよ」と、自分は反論しました。

「母は私のことを『ムーンちゃん』と呼んでいたの。それが恥ずかしくて嫌だった。子供のころよくからかわれたわ。せめて『つきこ』と呼んでほしかった……」

 トーマスの皮膚が火照っています。ヌーディストビーチでの日焼けの名残りでしょう。綺麗なロゼワイン色に染まり、すでに夜の帳が落ちているのに肌だけがその熱を伝えています。

 スパークリングワインがカラになりました。部屋に戻り、今日開けた赤ワインを注ぎます。二人ともベッドの端に座り、黙って一杯飲み干します。一瞬、二人とも黙り込みますが、息が微かに荒くなります。そしてどちらから求めたわけではありません。肩に回した腕に自然と力が入り、頭を近づけ、頬と頬を付け合い、そしてゆっくりとためらいながら唇を重ねます。一度重ねると、気持ちが溢れます、溢れ出てきます。キスを繰り返し、唇を離すことができません。どうしてもできません。

 どうにか唇を離します。視線を床に移します。自分の頭は真っ白。逃げ出したい。同じ過ちをまた犯してしまうのではないか。それが怖くてしょうがないのです。ノブちゃんの陰影が脳裏に浮かんできます。舌を絡ませたディープキス、乳首への愛撫、硬いペニスの挿入……。

 うつむいている自分をトーマスが優しく引き寄せます。自分はもうどうしていいかわかりません。軽く深呼吸をします。このような瞬間、自分のなかに隠れ潜んでいるピンクのハートがうずき始めます。その色はすでにピンクから燃えるロゼ色に変わっています。赤い血ではなく、体内にロゼワインが流れているようです。

 なぜロゼ色なのか、と聞かれてもうまく説明できません。たぶんそれは中学生のとき、初めて男の子とエッチをした夜に花火が炸裂し、ロゼ色の光が夜空を美しく照らしたからでしょう。

 でも、この色は「禁色」なのです。罪深い「禁色」なのです。

 そうと知りながら、今宵も頭の中がぽーっとしてきて、全身がうずうずして、どきどきが止まりません。満月を見てしまった狼男です。もう拒みたくても人から狼へと変身を拒めないのです。自分ではもうどうすることもできません。体の奥深くに潜んでいたピンクのハートは、ロゼ色に支配されていきます。

 そのハートが思わず溜息を漏らします――そして唇を重ね、舌を絡ませます……。


そうだったのか。。。。にゃ〜〜〜ん

 また、メールします。
 (続く)

 

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