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「無知」は殺人の加害者になり得る

■カミングアウトの難しさ

先日、「THE MANZAI 2018」というテレビ番組で、ウーマンラッシュアワーが「LGBTの人たちに“カミングアウト”という言葉を使わせているのはおかしい」という趣旨の発言をしていた。ネタの良し悪しは置いておいても、漫才番組にも取り上げられるくらい「カミングアウト」という言葉は浸透している。

このコラムの依頼を受けて、「周囲にLGBTがいないのはあなたに原因がある」というエントリーから書きはじめた。というのも、カミングアウトは実に繊細な問題で、当事者にとってはそれが死活問題になったりするからである。先日友人が、会社の飲み会で近しい同僚にカミングアウトしたところ、ひとりは大声で内容をペラペラと話しはじめ、ひとりは当人の許可なく他部署の人間に伝えようとしたそうだ。これは「アウティング」と呼ばれ、LGBTなどに対して本人の了解を得ずに、公にしていないセクシャリティや性同一性障害などの秘密を暴露する行動を指す。

2015年8月、当時25歳だったゲイの一橋大学院生が、アウティングを理由に心身に変調をきたし、転落死した。アウティングがそれだけの影響力があるとともに、カミングアウトするということがどれだけ、相手を信頼、信用しているからこそできる行為であるともいえる。だからこそ「周囲にLGBTがいないのは、あなたがカミングアウトしてもらえなかっただけ」と書いたのだ。信頼されて初めて、カミングアウトしてもらえるのだ。そしてその信頼は、無知や無神経によって簡単に失われる。

■交通事故に似ている

個人的には、この問題は交通事故に少し似たところがあると思っている。私のようにメンタルが強い人間は「轢けるもんなら轢いてみろよ。貴様のほうが(社会的に)痛い目に遭うだけだぞ」といった風貌で、自分の好きな道を好きなように歩く。しかし繊細な人たちは「いつ車に轢かれるかわからないから、車が通らなそうな安全な道を歩こう。自転車の邪魔にもなりたくないから、道の端っこのほうを……」となる。それでも、事故は起こってしまう。

私は、万が一アウティングされて「キモ~い」と言われても(ラッキーなことに言われたことはないのだが)「だから? 私のことが気持ち悪いなら、近寄らなければいいじゃない。どちらにしろ、私のごく一部分だけを表面的に捉えてジャッジするような下らない人間、私の人生に1mmも必要ない。そんなに粘着してdisるなんて、むしろ私のこと大好きなんじゃない?」となる。もしも、根掘り葉掘り聞きたいのであれば、きっちり丁寧に説明する。しかし、勇気を振り絞ってカミングアウトした人に対して「たいしたことないじゃん」「自分は気にしないから!」とペラペラ他人に喋るような繊細さマイナス100億%の人間に、信頼する価値があるのだろうか。貴様は気にしないかもしれないが、当人は命がかかっているくらい気にしているのだ。

私も実際、以前勤めていた会社の後輩にアウティングされた経験があるが、これまた幸運なことに、それが十数年来の友人となる人物に出会うきっかけになった。私個人の経験で、アウティングの悪影響を受けたことがないのは、奇跡に近いものがある。

■自己肯定感の有無

これは個人的な意見だが、そもそも「カミングアウト」なるものをしなくてはいけないこと自体が、マジョリティとマイノリティの格差そのものだと思う。音楽、テレビ、映画、漫画、小説、世の中に存在するエンターテインメントのほとんどがヘテロセクシャルを前提としていて、セクシャルマイノリティは日々、自分自身の大切な感情を否定され続ける。

多くの人は相手がヘテロだと思い込んでいるし、シスジェンダーだと決めてかかってくる。だからこそ、マイノリティの側から「カミングアウト」しなくては、腹の底を見せ合えない。カミングアウトする側の自己肯定感が低いと、当然だが、そうでない人には想像できないほど、カミングアウトが恐ろしいことに化ける。素の自分を晒して嫌われたらどうしよう? せっかくのいい関係が壊れてしまったら……

日々、自分の感情が承認されず、直接的にも間接的にも社会から否定され続けて、自己肯定感など育つはずもない。アメリカで行われた、21~25歳のLGBT当事者を対象とした調査によると、家族の拒絶度が高い場合には、拒絶度が低い場合と比べて8倍も自殺のリスクが高まるとわかっている。大切なのは、自分が自分としてそこで生きていることそのものが、多くの人に承認されることだ。そしてそれは、LGBT当事者のみにいえることではない。

■カミングアウトされた側が得る知見

書籍『カミングアウト(作者:砂川秀樹)』の中で、高校生の息子から、ゲイであることをカミングアウトされた母Aさんは、息子から「同性愛は人間の性のあり方のひとつで、100人いたら100通りの性がある」と言われ、性の多様性に驚いたと言う。そしてそのことが「女らしさってなんだろう? なぜ女らしくしないといけないのだろうか」という考えにつながった。幼いころから親に「あなたは嫁いでいく身だ」などと「女性であること」を押しつけられることに、ずっと違和感を抱いていた。Aさんは、息子の話を聞いて「自分は自分らしくいてよかったのか。誰かと同じ女性になる必要はなかったんだ」と、安心感や開放感を得たと語っている。

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