Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第45話 急転するマラッカ海峡を見ながら
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n22462bf8f423
この話は2020年11月まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日も朝8時に自宅を出て、自社のコンテナが保管されているポートクランの保税区へと向かっていた。氷堂の自宅はポートクランから北に30kmほど進んだジェラムという田舎町にあり、そこから約45分の時間をかけて車で毎朝通勤している。ここからポートクランまでは殆ど信号もなく、この日も氷堂は快適なドライブを楽しんでいた。
さて車を発進させた氷堂は、いつものようにラジオのスイッチをオンにした。車社会のマレーシアにおいてラジオは重要なメディアで、多くの人がラジオを聞きながら車を運転している。周波数を英語のチャンネルに合わせると、最新のニュースが流れてきた。このようにしてラジオを通して経済動向に精通するのも、氷堂の大事な日課の一つだ。するとラジオキャスターは神妙な声調でニュースを読み始めた。
「マラッカで建設中の港湾ですが、この度マレーシア政府およびマラッカ州政府は工事の中止を決定しました。このマラッカ港の建設計画は2014年に始まり、総工費は430億リンギット(約1兆3000億円)に上る予定でしたが、資金不足および需要不足を背景に、今後工事が続行される見込みはありません。」
氷堂は耳を疑った。マラッカ港の開発は国の威信を賭けた国家プロジェクトの一つだった。加えて計画段階ならまだしも、既に工事は始まっており、埋立地も造成されていた。ちなみにマレーシアにはポートクランとタンジュンペラパスという2つの巨大な港湾があり、マラッカはその中間地点に位置する。
マラッカに港湾を開発する事で、政府は東南アジアにおけるマレーシアの海運王国の地位を確固たるものにしようと目論んでいた。しかしそれが頓挫するとは、氷堂も予想だにしていなかった。更に気掛かりな事があった。それはこのプロジェクトに氷堂の取引先の国有企業も絡んでいた事だ。ちなみに氷堂の会社はこれまでこの企業に何千個ものコンテナをリースしており、もしマラッカ港が開港すれば一層の事業拡大が見込まれていた。しかしそれも今回の開発中止で諦めざるを得なくなるかもしれない。
それで氷堂は車を路肩に止め、スマホでその日の予定を確認した。幸い取引先とのアポは1つも入っていなかった。それでSMSアプリのWhatsAppで、会社のグループチャットにメッセージを入れた。
「今日はこれからマラッカに向かう。会社には出勤しない。取引先から電話が入ったら『留守だ』と伝えて欲しい」
そう打った氷堂は再び車を発進させた。ここからマラッカまではノンストップで走れば約3時間で到着する。氷堂は知りたかった。なぜマラッカ港の開発計画は中止になってしまったのだろうか。そして既に造られた埋立地は今後どうなってしまうのだろうか。それをこの目で確認するために、氷堂は一路マラッカへと車を走らせた。しかしその後氷堂がマラッカで目の当たりにしたのは、損切りを全く恐れず180度計画を転換する、マレーシア政府の驚くべき迅速な対応だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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