Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第78話 偽造品のショールームビジネス
前回の話はこちらから。
https://note.com/malaysiachansan/n/nfb2bac701e19
この話は2019年12月に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、香港にいた。もともと氷堂は10代後半から横浜の港湾で働いていたが、縁あって2010年からは香港の大手コンテナリース会社で働くことになった。そして2016年まで勤めた後、マレーシアの子会社の立ち上げを任され、ポートクランへとビジネスの場を移した。このように氷堂は6年にわたり香港居民であった訳だが、マレーシアに移住後も2か月に1度程度のペースで香港へは足を運んでいた。親会社やクライアントとの打ち合わせがあったためだ。
ただこの日、氷堂の足取りは非常に重かった。氷堂の会社のコンテナは、香港を経由して、主に中国本土の浙江省とポートクランの間をピストンしている。実は約1週間前、香港の銅鑼湾(コーズウェイベイ)で、財布やバッグなどの高級ブランドの偽造品を販売する店舗が警察によって摘発された。その取り調べの中で、過去に輸送の過程において、氷堂の会社のコンテナを使用したことが明らかになったのだ。コンテナリース会社にとってみれば、荷主の貨物の中身を確認するのは不可能なので、不可抗力ではあるのだが、香港警察としては氷堂とその親会社に事情を聞きたいと考えていた。今回氷堂が香港に来ていたのは正にこのためで、全く気の進まない出張だった。
さて銅鑼湾は香港島の北部に位置しており、これは入り江が楽器の銅鑼のように丸い形だったことに由来している。 また英語名のコーズウェイベイは、「土手道」を意味するコーズウェイが語源で、確かに海岸線沿いには土手道の名残を見ることができる。現在この地域には、ワールドトレードセンターやそごうなどのショッピングビルが建ち並んでおり、香港の流行の最先端の地として多くの人々で賑わっている。
香港は亜熱帯気候に属しており、緩やかではあるものの、四季の移り変わりを感じ取ることができる。確かに日本に比べれば十分に暖かいのだが、常夏のマレーシアから来た氷堂にとっては、12月の気候は肌寒く感じていた。この日も最高気温は19度、最低気温は12度の予報だった。ただ洋服屋を覗くと、冬服はすでにセールで売り出されており、春物の服が並べられていた。香港では冬服を着る期間が短いので、在庫の回転も速いのだろう。そんな様子を横目に、氷堂は目的地へと一路向かった。
その店はジャーディンズ・クレッセントの一角にあった。この地域では、ビルの合間に小さな店舗や屋台が軒を連ねており、表通りとは全く違う様相を呈している。衣服や雑貨、玩具など、中国本土から調達された商品が、軒先に所狭しと並べられていた。今回摘発された店舗はその中の一つで、自らの目で現場を確認してみるために、氷堂はこの場にやってきた。
事件の舞台となった店を探していると、携帯電話の着信音が鳴った。氷堂の電話はデュアルSIMスマートフォンで、1つはマレーシアのSIMが、もう1つは香港のSIMが入っているのだが、画面を見てみると発信者の番号は「+852」から始まっていた。どうやら誰かが香港の固定電話から電話をかけてきているらしい。恐る恐る氷堂が着信ボタンを押すと、電話の相手はこう言った。
「この電話番号はMr.リツ・ヒョウドウのもので間違いないですね?」
相手は野太い男性の声で、強い香港訛りの英語で語りかけてきた。氷堂が短く「そうだ」と答えると、こちらの意向を確認することなく、相手は話を続けた。
「それは良かった。私は香港警察のニックと言います。今日の午後3時に警察本部に来ていただけますか?湾仔のアーセナル・ストリートにあります。色々と話を伺う必要がありまして」。
そう言うとニックは一方的に電話を切った。嫌な予感がした。ただ警察から直接来るように言われた以上、行かない訳にはいかない。それで氷堂は意を決して湾仔の警察本部へと向かった。しかしその後に氷堂が目にしたのは、極めて精巧に作られた偽造品の数々と、アジアを舞台にした驚くべき密輸の実態だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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