「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第87回 日本の金融所得課税は適切なのか?
2024年9月4日、アメリカ大統領選挙の民主党候補であるハリス副大統領は、東部ニューハンプシャー州で演説を行いました。その中で彼女は自身が当選した場合には、株式などの資産売却による所得、つまり金融所得への課税を強化し、現行の最大20%を28%まで引き上げると明言しました。この発言は株式市場にネガティブな影響を与えており、多くの金融アナリストからも疑問の声が上がっています。
さらにハリス氏は前代未聞の「含み益への課税」も念頭に置いています。バイデン政権では総資産1億米ドル以上の超富裕層を対象に、保有する株式の売却益だけでなく、含み益に対しても課税する税制案が出されていましたが、ハリス氏はこの案を支持すると表明しました。これには金融業界のみならず、製造業やIT産業からも反対の声が噴出しており、ソーシャルメディアの中では、彼女を「経済音痴」と揶揄する投稿も多く見られます。ただこの「含み益への課税」は、大統領の鶴の一声で決められる訳ではなく、議会の承認が必要となります。これは実現する上で非常にハードルが高いことから、現実的には執行不可能であるという見方が大勢を占めています。
そしてこの金融所得課税強化の議論は、米国だけでなく日本でも起きています。今回自民党の新総裁に就任した石破茂氏も、9月2日に行われたテレビの報道番組の中で、金融所得への課税強化に関して、「実行したいですね」と意欲を見せました。また次点で敗れた高市早苗氏も、2021年の総裁選の際には、「物価安定目標のインフレ率2%を達成した後で」という条件付きではあるものの、将来的な金融所得課税の強化に含みを持たせています。
確かに投資家にとって、金融所得課税は非常に強い関心の的となっています。この税率いかんで、運用成績も大きく変わるためです。とはいえ近年においては、投資は一部の富裕層だけのものではなく、一般のサラリーマンであっても、老後資金をコツコツ株式投資している人も大勢います。ですから仮に金融所得課税が強化されれば、その影響は非常に広範囲に及ぶに違いありません。
では、日本の金融所得課税は本当に適切なのでしょうか?これを知る上で、統計は有用です。統計を調べれば、日本の金融所得課税がどのように推移してきたのか、一方で税収はどのように変化してきたのかを知ることができます。これを調べる事で、日本のこれまでの税制の歩みを理解すると共に、現在の日本が抱える構造的な問題も見えてくるかもしれません。それ故に統計は大切です。
ただ日本の統計だけでは不十分です。海外の統計も知る必要があります。21世紀に入ってグローバル化が進む中で、人やモノだけでなく、税金も国境を越えるようになっています。例えばシンガポールや香港のような都市国家においては、金融所得課税は免税、つまり0%とされており、これが海外からの投資を誘致する呼び水となってきました。そしてこういった国々の存在は、確かに日本の税収にも影響を及ぼしています。ですから日本の統計に加えて、海外の統計も重要です。
とはいえ統計からは見えて来ない分野があります。それは人々の「生の声」です。例えば私が住むマレーシアでは、株式のキャピタルゲイン税に加えて、配当も利息も相続税も贈与税も全て無税です。こういった政策は外資の誘致や投資を活発化する上で確かに有用ですが、一方で貧富の差が固定されやすいという副作用も存在します。その利益を享受できる人々、逆にその恩恵を受けられない人々、両者の悲喜こもごもは、統計からは見えて来ず、そこに住む人々の話に耳を傾けて、初めて理解できるものです。そう考えますと、確かに「生の声」は重要ですし、マレーシアで事業を営む私は、それを聞く上で確かに有利な立場にいます。
それで今日は「日本の金融所得課税は適切なのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、日本における金融所得課税の成り立ちを振り返ります。次に海外の統計を通して、世界の金融所得課税の潮流を俯瞰します。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、日本の金融所得課税のあるべき姿について考察すると共に、個人投資家は金融所得課税にどのように対峙すべきかについて、具体的な提言を述べます。つみたてNISAを含め、個人で株式を運用している方々には、特にご覧いただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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