「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第89回 日本で同一労働同一賃金は実現できるのか?
2024年7月、最高裁判所は一つの重要な決定を下しました。これは済生会山口病院で提起された裁判で、正社員の待遇を下げて、非正規社員との格差をなくす労務改正を容認する、というものです。病院側は2020年に就業規制を改正して、これまでは正社員だけを対象にしていた児童手当や住宅手当を、非正規社員も対象の子ども手当や住宅補助手当に切り替えていました。病院側は非正規の手当を増やすのではなく、正規の手当を減らす形で格差の解消を試みた訳ですが、最高裁はこれを「合法」と認めたのです。同年5月には東京地裁において、日本郵便に対しても同様の方向性を支持する判決が出ており、今後もこの流れは加速するものと推察されます。
確かに日本の雇用習慣においては、「正社員の特権」と考えられてきたものが数多く存在します。それが21世紀に入り、大きく変わろうとしており、裁判所もそれを後押しする判決を出しています。これは既に日本の雇用が制度疲労を起こしている証左とも言えるかもしれません。ただ日本の雇用を俯瞰すると、正規と非正規以外にも、様々な格差が存在します。例えば家族持ちには家族手当が出ますが、独身には出ません。また通勤手当も近所の人には低い金額しか出ませんが、遠方の人には高額が支給されます。さらに企業が派遣会社に人材を依頼すれば、直接雇用と同額を支払ったとしても、派遣会社がマージンを取るため、社員の手元に残る金額には差が生じます。加えて親会社から出向された社員と、子会社の社員では、同じ仕事をしていても給与が大きく異なります。これらは無数にある格差の一例と言えるでしょう。
このような様々な格差を、今まで日本人は「当たり前のもの」として受け入れてきました。しかしながら、近年では「同一労働同一賃金」が世界の潮流となっています。これは端的に言えば、「同じ仕事をしているのであれば、同じ待遇を与えよ」という考えで、日本の雇用はこの原則から世界で最も乖離している状況です。それで国民一人一人が同一労働同一賃金の意義について、改めて考えてみるのは良い機会と言えるでしょう。
ではどうすれば日本の雇用について、その実体を知ることができますか?この点で統計は有用です。統計を調べれば、正規と非正規の間でどれだけの賃金格差が生じてきたのか、また派遣やフリーランスなど働き方が多様化する中で、それぞれの格差がどのように推移してきたのか、正しい理解を得ることができます。それは過去における日本の歩みを教えてくれると共に、現在の日本が抱える構造的な問題も明らかにしてくれるかもしれません。それ故に統計は重要です。
一方で日本だけでなく、海外の統計も必要です。海外では欧州を筆頭として、同一労働同一賃金が日本よりも徹底されています。ただその反面、日本以上に社会的な格差が固定されているのも事実です。例えば学歴や職歴は日本以上の重みを持ち、未経験の業界への転職は日本以上に困難です。こういった国々の事例や統計を調べるならば、日本の雇用環境の特異性についても、より深い理解を得る事ができるでしょう。
しかし統計からは見えて来ない分野もあります。それは実際に働いている人たちの「生の声」です。日本において、非正規社員の立場は低く、彼らが家族を養うのは容易ではありません。では正社員が順風満帆かと聞かれれば、必ずしもそうとは言えません。正社員には正社員の悩みがあります。例えば日本企業の多くは、勤務地の自由を認めておらず、地方や海外へ転勤になったことにより、単身赴任せざるを得なくなる家族もいます。このように非正規には非正規の、正規には正規の悲喜こもごもがあり、残念ながらそれらは統計だけでは見えて来ず、彼らの話に耳を傾けて初めて理解できるものです。ですから「生の声」も大切なのです。
この点、私自身も10代後半から横浜の港湾で仕事を始めましたが、勤務した会社はブラック企業で、朝から晩まで働いて月給手取り10万円台という状況が約10年にわたり続きました。今振り返れば、これは会社に「搾取されていた」とも言える状況で、格差の現実を目の当たりにしてきました。一方で今は香港とマレーシアで会社を経営しています。ここでは同一労働同一賃金がある程度徹底されている事から、日本のような正規と非正規のような立場による格差は見られませんが、同時に仕事の裁量に応じた賃金の格差は、日本以上に大きい状況です。このように日本においても海外においても、雇用の現実を目の当たりにしてきましたので、「生の声」を聴くという点で、私は確かに有利な立場にいます。
それで今日は「日本で同一労働同一賃金は実現できるのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、どのような格差が日本社会には存在しているのかを俯瞰します。次に海外の統計を通して、海外における同一労働同一賃金の現況を考えます。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、日本の雇用制度の未来について考察すると共に、「ビジネスパーソンが稼ぎを最大化するにはどうすれば良いのか?」について、具体的な提言を述べたいと思います。将来的に転職や独立を検討している方には、特にお読みいただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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