「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第78回 WTO(世界貿易機関)は本当に機能しているのか?
2024年2月26日から3月2日にかけて、UAEでWTOの閣僚会合が開かれました。この会合には164の国と地域が参加しましたが、特に争点となったのがアメリカの横暴とも言える行動への対応です。WTOに問題が提起された際、最初はパネルと呼ばれる「一審」で審議・裁定が下され、その後、上級委員会と呼ばれる「最終審」で裁決が下されます。つまり最終審は上級裁判所のような役割を担っているのですが、アメリカが上級委員会の委員の選任に反対しているため、WTO全体が機能不全に陥っている状況が長年続いてきました。残念ながら今回の会合でも、アメリカは日本やEUの呼びかけに耳を貸さず、結局具体的な進展はほとんど見られませんでした。
WTOは1995年に発足しましたが、それ以降、拡大の一途を辿ってきました。当初は貿易紛争を解決するための最高機関として有用な役割を担ってきましたが、最近は裁定が下されても履行されなかったり、裁定自体が下せないことも少なくありません。特に2011年に中国が加盟して以降、その傾向が如実に表れています。言い換えるなら、規範を示すべきアメリカと中国という2つの大国が、逆に世界の貿易の秩序を乱す存在になっているのです。これは確かに憂慮すべき事態です。
ではWTOの存在は、日本にとって本当に意義があるのでしょうか?それを考える上で、統計は有用です。これまで日本はWTOに多くの提訴を行ってきましたし、逆に他の国から提訴されることもありました。この点で統計を調べれば、それらの成果について正しい理解を得ることができます。それはこれまでの日本の歩みを理解できると同時に、現在の日本が抱える課題についても明らかにしてくれるかもしれません。それ故に統計は重要です。
ただ日本の統計だけでは不十分です。海外の統計についても調べる必要があります。WTOには世界中の国々が無数の提訴を行っているため、日本が関与しないところで重要な勧告や裁定が下されることもあります。これらを調べれば、現在の世界が抱える経済問題について、さらに深い理解を得ることができます。ですから海外の統計も大切です。
一方で統計からは見えて来ないものもあります。それはWTOの裁定によって影響を受ける人たちの「生の声」です。例えば福島第一原発の事故が起きて以降、韓国政府は被災地からの水産物の輸入を禁止しました。その後日本政府はこの件をWTOに提訴しましたが、第一審では日本の主張が認められたものの、上級審ではこの判断が覆され、日本の敗訴に至りました。この審判には4年もの歳月を要しましたが、その間、多くの漁業関係者や商社はWTOの裁定に振り回されました。こういった人たちの「生の声」というものは、統計からは見えて来ず、現場の声に耳を傾けて初めて理解できるものです。それで「生の声」も肝要なのです。
この点で私は海外の港湾でコンテナリース会社を経営していますが、港湾という場所は、言わば貿易の最前線です。貿易に関しては、それぞれの国がそれぞれの法律を施行し、さらに関税を設定していますが、WTOの裁定により、それが一変することも多くあります。そしてそれは貨物の物量や種類にも大きな影響を及ぼします。私はこういった状況を日々目の当たりにしているので、「生の声」を聞くという点で、確かに有利な立場にいます。
それで今日は「WTO(世界貿易機関)は本当に機能しているのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、WTOと日本のこれまでの関係性を俯瞰します。次に海外の統計を通して、現在のWTOが抱える問題を考察します。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、WTOの脆弱性を抽出するとともに、日本政府および日本企業はそれとどう対峙するべきなのか、その提言を述べたいと思います。貿易に携わっている方に加え、海運株や商社株などの株式投資に関心がある方には、特にお読みいただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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