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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第72話 イスラム教とギャンブルの狭間で

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n316f4bc9e408
 
 この話は2022年まで遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、久しぶりの休暇でランカウイに来ていた。ランカウイとはマレー半島の西海岸、アンダマン海に浮かぶ島々のことで、その数は小さいものも含めると99に及ぶ。ここでは非常に珍しい地質構造が見られるのと同時に、太古から続く大自然が保護されていることから、ユネスコの世界自然遺産にも認定されている。加えて沿岸部には無数のラグジュアリーホテルが並び、一年を通じて世界中から観光客が押し寄せる。例えば三浦春馬氏の遺作となってしまった「コンフィデンスマンJP プリンセス編」のロケ地も、このランカウイだ。
 

 
 さてランカウイが人気なのは、自然に恵まれているからだけではない。この島が「免税島」であるからだ。ランカウイは1978年に自由貿易区に指定され、島内で売られる商品には、関税を含む様々な税金が免除されるようになった。この恩恵を特に受けているのが酒類だ。マレーシアはイスラム教徒が大勢を占めており、それが法体系にも影響を与えている。例えば酒税は非常に高く設定されており、缶ビールをクアラルンプール近郊で買えば、1本7~8リンギット(約210~240円)はする。しかしこの島では2.5リンギット前後(約75円)で販売されており、本土と比べると1/3程度の値段しかしない。このように安い酒にありつけるのも、ランカウイの類まれな魅力の一つだ。
 
 さて氷堂は長期の休みが取れる度にランカウイに来ていた。この島で最も賑わっているのはパンタイ・チェナンというビーチで、海沿いに無数の飲食店が並んでいる。また夜にはその一角をDJが陣取って大音量で音楽を流しており、派手な雰囲気を好む欧米系の外国人旅行者の社交場ともなっている。ただ氷堂は騒々しいパンタイ・チェナンを避け、クアと呼ばれる市街地にいつも宿を取っていた。パンタイ・チェナンは食事も宿泊費も割高だが、クアは地元の人も多く訪れることから、コストパフォーマンスの高い店に恵まれている。その街の一角に、チャイナタウンがあった。
 
 夜8時、ホテルにチェックインを済ませた氷堂は、行きつけのアイリッシュパブ「The Blarney Stone Langkawi」に向かった。この店は本格的なパブスタイルのバーで、イギリスから直送されたビールを楽しむことができる。また2階はリカーショップになっており、そこで買ったワインやスコッチを僅かな抜栓料を支払うだけで、1階のバーで飲むこともできる。何よりこの店には、欧米からの観光客に加えて、地元の中華系住民の常連客も多い。旨い酒を飲みながら、同時に異文化交流も楽しむことができる、ランカウイでも稀有な場所だ。
 

 
 氷堂がアイリッシュビールを飲んでいると、デビットが声を掛けてきた。デビットは中華系のマレーシア人で、生まれも育ちもランカウイの40代の男だ。近所に住んでいるデビットは毎週末、このバーに出入りしており、その中で氷堂と親しくなった。久しぶりの再会に、デビットも嬉しそうに言った。
 
「いやぁリツ、元気にしていたか?また会えると思っていたよ」。
 
デビットの歓迎を受けた氷堂も言葉を返す。
 
「こちらこそまた会えて嬉しいですよ。この1年はコロナでロックダウンがあったりして、なかなか自由に旅行にも行けなかったですから。でもコロナ禍も終わって、ランカウイにも客足が戻ってきているんじゃないですか?」
 
 氷堂はデビットに近況を尋ねてみた。しかし予想とは裏腹に、デビットは大きなため息をついた。そして言った。
 
「そうだね、島全体を見れば、確かに景気は良くなっている。実はでもね…うちの実家は宝くじ屋を営んでいるんだけど、州政府の方針で宝くじの販売が禁止になったんだ。だから廃業だね。リツも知っていると思うけど、今マレーシアではイスラム原理主義政党が台頭している。その影響だね…」
 
 その言葉を聞いて、氷堂は色々と疑問が湧いてきた。余り知られていないが、マレーシアにはカジノもあれば競馬場もある。これらの場所にイスラム教徒が入場することは禁止されているが、それ以外の宗教を信じる人たちの中にはそれを娯楽として楽しむ人も多く、国の法律も禁じていない。むしろこのような姿勢こそが、マレーシアにおける多民族・多宗教の寛容さの表れでもあった。
 
それなのに今、州政府は最もライトな賭博である宝くじすらも非合法にしようとしている。なぜこのような事態が起きているのだろうか?そこにイスラム原理主義はどのように関係しているのだろうか?それを知りたいと思った氷堂は、デビットの話にさらに耳を傾けることにした。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、汚職に染まる国の中枢と、それを機に躍進する原理主義政党、そしてその煽りを受けることになった賭博産業の厳しい現実だった。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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