Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第19話 ストライキ交渉の狭間で
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/nb10e4351a186?magazine_key=m0838b2998048
この話は2021年の12月に遡る。朝10時、氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)はいつもの様にポートクランの港湾の現場に顔を出すと、この日は既に到着しているはずのトラクタが来ていなかった。このトラクタでコンテナをクアラルンプール郊外にある倉庫へと運送する予定だったのだが、30分ほど待っても来る様子がなかった為、氷堂は現場の責任者であるケヴィンと共に、車庫の様子を見に行く事にした。保税区からトラクタの会社の車庫までは車で10分程度であり、直接見に行った方が早いと感じたからだ。
しかし保税区を出てすぐ、氷堂とケヴィンは異変に気付いた。このポートクランのノースポートの港湾は大きな埋め立て地の様な立地になっており、ゲートを出るとすぐに大きな橋があるのだが、その橋のふもとが大きく陥没しており、その穴にタイヤを取られた大型トラックが事故を起こしていた。更にその脇にはグシャグシャに潰れた乗用車が2台あった。どうやらその大型トラックの事故に巻き込まれたらしい。そして現場にはちょうど救急車が到着したところで、救急隊員による救出作業が正に行われていた。
それを見て氷堂はケヴィンに話しかけた。
「ケヴィン、これは大変な事になったね。あの怪我した人たち、何とか助かるといいね。でもこの様子だと、事故の復旧には終日かかりそうだよ。あれだけ道に大きな穴が開いていたら、ただ埋めるだけでは駄目だと思うし、大型トラックの撤去にも時間がかかるよ。多分コンテナを運ぶためのトラクタは今日1日来ないと思う。倉庫会社に連絡を入れて、コンテナを届けるのは明日以降になると伝えよう。」
そう言うとケヴィンも「そうだな」と短く答えた。ノースポートでは道路の老朽化が予てから問題視されており、こうなるのも時間の問題だった。加えて保税区に入るための道路は複数あるのだが、20t以上ある車が侵入できる道路はこの橋しかなく、ここが塞がれてしまうと大型車はもう保税区に入れなくなってしまう。この点は以前からも問題視されていたのだが、恐れていた事が遂に起きてしまった訳だ。それでこの日は仕方なく、氷堂とケヴィンは港湾の現場に戻り、翌日以降のためのコンテナの準備に専念する事にした。
翌日朝9時、氷堂の携帯電話が鳴った。発信者は港湾当局の副長官であるイスマイルだった。氷堂の会社は港湾の中にある無数の事業者の一つに過ぎないのだが、日本が大好きなイスマイルは氷堂を可愛がっており、時折個人的に連絡を入れてきていた。しかし大抵その要件は日本のアニメやアイドルに関する質問で、全くとりとめのないものだった。氷堂は「いつもの事だろう」と思って電話を受けると、イスマイルの声の調子がいつもとは異なっていた。そしてイスマイルは話を続けた。
「リツさん、急に電話をして悪かったですね。急いで港湾当局のカンファレンスルームに来て頂けますか?今、国会議員のアズハル氏(仮名)が来ていて、これから昨日の事故の対応について話し合う事になりました。アズハル議員は『これから重要な決定を下したいので、できる限り大勢の事業者に集まって欲しい』と言っています。今、海運協会や船主協会の幹部にも声を掛けているところです。お手数ですが、宜しくお願いします。」
そう言うとイスマイルは電話を切った。アズハル議員はポートクラン地区から選出されたマレー系の国会議員で、2018年の総選挙の際には58%という圧倒的得票率を得て当選している。このポートクラン地区は、マレー系の住民だけでなく中華系やインド系の住民も非常に多いのだが、どの人種からも比較的高い支持率を得る事ができている稀有な議員だ。そのアズハル議員が自らやってくるという事は、相当大きな決定があるに違いない。そう考えた氷堂は、すぐに港湾本部の建物へと向かった。
港湾本部のカンファレンスルームには、既に大勢の人が集まっていた。恐らく200人以上はいると思われる。そして席がほぼ埋まったそのタイミングで、アズハル議員が部屋へと入ってきた。アズハル議員は48歳だが、国会議員としてのオーラを持ち合わせている。
そしていよいよ彼は話し出した。
「みなさん、わざわざお忙しい中お集まり頂き、本当にありがとうございます。皆様もご承知の通り、昨日このノースポートに入る道路が陥没し、そこに大型トラックが落ちるという事故が発生しました。大型トラックは大破し、2台の乗用車も巻き込まれる結果となりました。その乗用車に乗っていた運転手は全身骨折の重傷を負っており、現在もまだICUにいます。絶対に起きてはならない事故でした。」
アズハル議員の太くて威厳のある声に、会場全体が静まり返っていた。そしてアズハル議員は続ける。
「私たちは政府に対して、この道路を改修する様、これまで何度も働きかけてきました。しかし政府の返答はいつも曖昧で、毎年の様に『次年度の予算で検討します』というものでした。確かにこの道路の改修工事をすれば、恐らく10億円はかかるでしょう。しかしそれを先延ばしにしてきたために、今回の事故が起こってしまったのです。これは政府の怠慢に他なりません。」
その言葉を受けて、会場の最前列に座っていたイスマイルも話した。
「アズハルさん、今回はわざわざ気を遣って港湾まで来て頂き、本当にありがとうございます。ご指摘通り、あの道路が改修される事は我々の積年の希望でした。でもこれまで毎年の様にお願いしても政府は動きませんでした。何か良い策はあるのでしょうか?」
アズハル議員は話を続けた。
「イスマイルさん、ご心配おかけして申し訳ありません。そして会場にお集まりの皆様、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。今イスマイルさんからも話がありました様に、我々には長年にわたり、この改修工事を希望してきたにもかかわらず、それが実現して来なかった経緯があります。それで今こそ、それを実現させましょう。今回の様な事故を2度と起こしてはいけません。それで皆さんに提案があります。」
そう言うとアズハル議員は敢えて10秒ほど沈黙し、会場の出席者の顔を見た。出席者が注目する中、遂にアズハル議員は話し出した。
「解決方法があります。ストライキを実施しましょう!」
「ストライキ」という言葉がアズハル議員から発せられた時、会場がどよめいた。確かに港湾事業者は道路の工事を行って欲しいと長年訴えてきた。しかしそれは実現して来なかった。とはいえ、道路工事ごときの問題でストライキをやる必要があるとも氷堂には思えなかった。だがそんな中、会場の後方に座っていたグループが大声を上げた。
「ストライキ賛成!実力行使をして政府を動かすべきだ!」
すると会場の中で次々と同様の声が沸き上がった。
「我々もストライキ賛成だ!」、「ストライキしかない!」、「今こそ政府に要求を飲ませよう!」
申し合わせたかの様に一斉に声が上がり、会場内は混乱に陥った。このまま本当にストライキに突入してしまうのだろうか。氷堂が不安に感じたその時、イスマイルが再び声を上げた。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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