Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第62話 中国海軍の威力を前にして
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n259a3d91a930
この話は2023年8月に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日も朝8時にオフィスに出勤した。氷堂の会社が位置するのは、ノースポートの保税区から2kmほどの距離にあるオフィス街で、この辺り一帯は港湾関連の会社が軒を連ねている。事務所に着いた氷堂は、コーヒーを淹れて一息ついた。すると携帯に着信が入った。「こんな朝早くから誰だろう」と思って発信者を見ると、現場の責任者のケヴィンからだった。氷堂が電話に出ると、ケヴィンは開口一番こう言った。
「おはよう、リツ。今現場でちょっとトラブルが起きて、まだ作業を始めることができていないんだよ。どうやら保税区の入り口で検問をやっているみたいで、社員たちがまだ出勤してきていない。申し訳ないが、今日のスケジュールは調整する必要がありそうだ」。
そういうとケヴィンは電話を切った。氷堂は考えた。「一体何が起きているのだろう」と。そもそも保税区は非常に安全な場所だ。許可証を持っている人間しか入れないため、部外者が気軽に立ち寄れるような場所でもない。にもかかわらず、いつもにも増して厳しい検問があるとは何事なのだろう。それで氷堂はコーヒーを一気に飲み干すと車に戻り、一人で保税区へと向かった。
保税区へ続く道は、予想通り大渋滞だった。本来ならオフィスから保税区までは、車で5分もあれば到着する。しかしこの日は渋滞で車が全く動かず、1時間以上も要してしまった。ただ保税区の入口のゲートまで辿り着いたとき、渋滞の理由が理解できた。この日の検問は普段とは異なり、軍隊までもが出動していたのだ。こんな厳しい検問は見たことがなかった。やっとのことで保税区に入った氷堂は、何とかケヴィンに会うことができた。するとケヴィンが言った。
「いやぁ、それにしても今日の検問は尋常じゃないな。俺もこの港湾で15年以上働いているけど、ここまで酷い渋滞になったのは珍しいよ。でも今さっき港湾当局からアナウンスがあって、ようやくその理由が理解できた。どうやら今日の午後に中国海軍の軍用船が寄港するらしい。これまでランカウイ沖で、マレーシア軍と一緒に合同軍事演習をしていたらしいね」。
ケヴィンの言葉を聞いて、氷堂も納得した。中国海軍の船が来るなら、あの検問の厳しさも当然だ。ただ中国海軍は南沙諸島で領海侵犯を繰り返しており、近年はそれが深刻な国際問題に発展している。そして中国に対して非難の声を上げているのは、マレーシアだけではない。近隣の全ての沿岸国、つまり台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシア、そしてブルネイまでもが彼らの侵犯行為を非難しているのだ。にもかかわらず、そんな憎き相手と合同演習を実施するとは、マレーシア政府は何を考えているのだろう。その背景を知りたいと思った氷堂は、港湾当局の副長官であるイスマイル(仮名)のことを思い出した。
イスマイルは港湾当局の実質的なナンバー2で、本来であれば氷堂のような零細企業の経営者では近寄ることすら難しい存在だ。しかしイスマイルは筋金入りの日本好きで、これまでに20回近く日本旅行へ出掛けていた。そのこともあって、日本人の氷堂は特別にかわいがられており、氷堂も困ったことがあるたびに相談に乗ってもらっていた。そのイスマイルなら、今回の中国軍とマレーシア軍の合同軍事演習について、何か知っているに違いない。そう考えた氷堂は、車のキーを取ると、再びエンジンをかけて港湾当局のビルへ向けて車を走らせた。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、中国軍の恐るべき威力と、それに対峙しなければならない周辺国の深い苦悩だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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