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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第41話 侵略を繰り返された国

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n38d26035f9f7
 
 この話は2019年まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、朝いつものように出勤すると携帯電話が鳴った。発信者は「フェータイル社・アレックス」となっていた。フェータイル社(仮名)は氷堂の会社の親会社で、場所は香港にある。アレックスはその会社のCOOだ。
 
 電話に出た氷堂に対して、アレックスはこう言った。
 
「おはようございます。リツさん、お元気ですか?朝早くにすいません。ところで一つお願いしたい案件がありましてご連絡させて頂きました。」
 
 アレックスがこうやって電話を掛けてくる時というのは、大抵は無理な願い事を振られる時だ。アレックスは話を続けた。
 
「最近は中国から欧州への急ぎの貨物が増えています。ただ海路でコンテナを届けようと思うとスエズ運河を通る必要があり、通常45日かかります。一方で航空便では重量のある貨物を運ぶ事ができません。その事もあって、近年は鉄道輸送で中国から欧州へ運ぶ荷主も増えてきました。」
 
 なかなかアレックスは本論に入らない。それで氷堂も割って入った。
 
「はい。それは良く承知しています。多くの場合はロシアを経由するルートを用います。しかし何か不都合があるのでしょうか?アレックスさんが電話をしてくるのは、大抵何か問題が起きた時なので。」
 
 氷堂の返答にアレックスは笑いながら答えた。
 
「いやぁ。リツさんは何でもお見通しですね。流石です。では単刀直入にお伝えしましょう。リツさんの言われる通り、中国から欧州への鉄道輸送では通常ロシアを経由します。しかしご承知の通り、ロシアはクリミアへの侵攻に伴って経済制裁を受けています。特に精密機器の輸送に関してはセンシティブで、欧州の商社としてはロシア経由のルートを用いたくない様です。まぁ鉄道輸送自体がEUの制裁措置になっている訳ではないのですが、株主や顧客の手前、使えないというところが実情なのでしょう。それで実は今、複数の国の物流会社が協働して、別のルートを開拓しているところです。開通は2年後の予定ですが、それがカスピ海ルートです。」
 

 
「リツさん、最初に中国の西安を出た貨物列車はカザフスタンに入境します。その後も列車は西へと進み、カスピ海に到着します。カスピ海で貨物はコンテナ船に載せ替えられて、対岸のアゼルバイジャンへ向かいます。そしてアゼルバイジャンでは再び貨物列車に載せられます。更にジョージアを経由してトルコに接続し、最終的には黒海を横目に欧州に到着します。このルートの合計距離は8,693キロメートルに及び、2つの大陸と2つの海、そして5つの国が関係する一大プロジェクトです。もしこのルートが開通した場合、最短で12日で中国から欧州に到着できる見込みです。」
 
 その計画を聞いて氷堂は身震いがした。余りにも壮大な計画だったからだ。そして氷堂は答えた。
 
「それは凄い計画ですね。確かにそのルートを用いれば、ロシアを経由しないで済みます。ただ私に一体何ができるのでしょうか?」
 
 氷堂の質問にアレックスも答える。
 
「荷主が鉄道輸送を選ぶのは納期が迫っているからです。一方でご承知の通り我々フェータイル社は長期リースしか扱っていないので、コンテナを早急に手配できない事があります。そこで短期リースを専門に扱っているリツさんの会社に声を掛けさせて頂いた次第です。ただ現在課題となっているのはカスピ海における接続です。カザフスタン側の接続は中国の物流会社がハンドリングをしているので問題ないでしょう。問題はアゼルバイジャン側の接続です。船と鉄道を接続させる場合、コンテナのロストの可能性が非常に高まるのです。それが起きない様に、現地の物流会社と条件を詰めてきて欲しいのです。」
 
 アレックスの依頼は明快だった。それはアゼルバイジャンに行く事だった。氷堂は答える。
 
 「分かりました。では私の方で早急にアゼルバイジャンに向かい、地場の会社と交渉を行います。あとは任せて下さい。」
 
 そう言うと氷堂は電話を切った。氷堂は大きなプロジェクトを前に胸の高鳴りを感じた。しかし後に実際に氷堂がアゼルバイジャンで目にしたのは、諸外国から侵略を繰り返された国民の悲しい歴史の数々だった。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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