Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第18話 少年犯罪グループとの対峙
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n9217d87762de?magazine_key=m0838b2998048
この話は2020年の初頭にまで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(通称ちゃん社長)は、この日クランのオールドタウンにあるバーで一人お酒を飲んでいた。普段氷堂は車で移動する為、外出先でお酒を飲む事は殆ど無いのだが、この日は車を定期点検に出しており、家まではタクシーを用いて帰宅する必要があった。それでこの晩に限っては、帰りの運転を気にする事なくお酒を飲む事ができた。ただ普段バーに余り行く機会のない氷堂は知っているお店も殆どないため、繁華街に並ぶ店の一つを適当に選んでそこで飲む事にした。それが氷堂の運命を左右する事になるとは知らずに。
さて金曜日の夜という事もあって、そのバーは大いに繁盛していた。お店は雑居ビルの地下にあり、その席数は100席を超える大型店だった。
最初にビールで喉を湿らした氷堂は、その後マッカランの12年をロックで注文した。氷堂はそれを一口含むと、口の中一杯に濃厚な味わいと樽の香りが広がった。「今日も良く働いた一日だった」。そんな事を考えていると、カウンターの隣に誰かがいる事に気付いた。
「ここに座っても宜しいでしょうか」
少し驚いた氷堂は顔を上げると、そこにはきれいな顔立ちの若い男子がいた。店が暗かった為に完全には顔の表情を読み取れなかったが、人種はインド系のマレーシア人で、恐らく年齢は10代後半であろうと思われた。ちなみにマレーシアでは21歳以下の飲酒は法律で禁止されている。氷堂が、「勿論です。どうぞ」と促すと、その若者は申し訳なさそうに席に着いた。
そして若者は話し出した。
「あの…違っていたら申し訳ありません。あなたは日本人でしょうか?」
その若者は氷堂の様子を見て、日本人だと気付いたらしい。ちなみにマレーシアではクアラルンプールやその郊外のペタリンジャヤ、またペナンやジョホールバルといった大都市圏には大勢の日本人が住んでいるが、このクランの街には日本人が殆どいない。厳密言えば働いている日本人は少なからずいるのだが、クランは決して治安の良い街ではない為、大抵の日本人は便利で治安の良い都心部に住んで、このクランまで車で通っている。恐らくその若者も、日本人が相当珍しかったのだろう。
氷堂は言葉を返した。
「そうだよ。良く分かったね。この街で日本人は少ないからね。でも何で急に声を掛けてきたのかな?あ、僕の名前はリツです。君は?」
若者は答えた。
「はい、アニクと言います。実は…僕は凄いスラムダンクが好きで、日本人と話したいと思っていたんです。」
氷堂は海外の日本人もいないような街で、「スラムダンク」の名前を耳にするとは思わなかった。実は氷堂自身もスラムダンクがかなり好きで、一時期は漫画の全巻を揃えていた。アニクに興味をもった氷堂は尋ねてみた。
「そうなんだ。実は僕もスラムダンクが大好きなんだよ。ちょうど僕たちくらいの年齢の人たちはリアルタイムでそれを読んでいたからね。特に好きなのは三井君が更生するシーンだね。あの当時、確か自分は小学校高学年だったんだけど、本当にかっこいいなと思ったよ。」
それを聞いてアニクは目を輝かせながら答える。
「リツさんもあの場面が好きだったんですか!僕も大好きです。あの場面を見ていると、なんか今の自分と重ね合わせてしまうんです。本当に良いシーンですよね…」
そう言うとアニクは何かに思いふけった様に黙ってしまった。そしてアニクの表情を見ると、純粋で透き通った瞳をしており、そこにはうっすらと涙が貯まっていた。きっと何か悩みを抱えているに違いない。そう感じた氷堂はアニクに更に質問をしてみた。
「何か悩みでもあるのかな。もし僕で良ければ話を聞くよ。」
するとアニクは急に声を潜めて話し始めた。
「実は…僕はこのバーにもグループの先輩たちと来ているんですが、先輩たちが怖いんです。もうこのグループに入って2年になるんですが、最近先輩たちからの当たりが厳しくて。本当はグループから抜けたいと思っているんですが、なかなかできそうにありません…」
アニクはそう言うと、店の反対側に目をやった。そこには8人ほどのグループがビリヤードで盛り上がっていた。
年齢はやはり10代後半から20代前半に見えた。ただ見るからに「やんちゃな」雰囲気を醸し出しており、普通の若者のグループとは明らかに異なるのが一目で理解できた。
更に話を聞きたいと思った氷堂はアニクに伝えた。
「分かった。詳しく事情を聴きたいけど、今ここで聞くのは難しいね。君の仲間たちがこっちに来れば、『何を話しているんだ』と言われると思う。だから別の日に会うのはどうかな?僕は港湾で会社をやっているから、毎日クランの街には来ている。それに夜ではなくて昼間に会って話したい。こういっては何だけど、多分君は未成年だよね。お酒が入らない状態で話した方が、きっと君の訳に立てると思うよ。連絡先を教えてくれるかな。」
アニクは「勿論です」と答えた。そして氷堂とアニクは電話番号を交換し、また別の日に会う約束をした。その後アニクは仲間たちのところへと戻っていった。
普段なら氷堂は見ず知らずの若者など相手にしないのだが、氷堂はアニクの瞳を見て思いを変えていた。彼が悪い事を企んでいる様には思えなかったし、むしろ氷堂はアニクの姿を若い頃の自分の姿と重ね合わせていた。彼を助けたいと思ったのだ。ただこの時点では、このアニクとの出会いが、後に大きな問題に繋がるとは知る由もなかった。アニクが属していたあのグループは、実はクランの街でも有名なギャングで、幾つもの事件に関与していた犯罪グループだったのだ。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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