Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第9話 一帯一路構想の狭間で
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n84ceda91f730?magazine_key=m0838b2998048
さて厳しいロックダウンが始まってから約2か月が経過した。マレーシアの首都圏ではコロナの感染者数に関しては高止まりの状態が続いていたが、重症患者の数は急激に減ってきた。これはこの地域に住む9割以上の人たちにワクチンが行き渡った事に起因していると思われる。それに伴い、ロックダウンの制限も徐々に軽くなっていき、街はいつもの姿を取り戻そうとしていた。
そんなある日、氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)のスマホが鳴った。しかもいつもとは違う着信音だ。氷堂のスマホには2種類のSIMが入っている。一つはマレーシアのSIM、もう一つは香港のSIMだ。氷堂はマレーシアと併せて香港でも会社を経営している為、香港のクライアントからも時折電話が掛かってくる。そのためにデュアルSIMのスマホを持ち歩く様にしており、香港の電話番号も生かしたままにしている。そのため氷堂は、いつもと違う着信音が鳴ったという事から、これが香港からの電話であるという事を受信の前に識別した。
電話の相手は氷堂の親会社、フェータイル社の役員のアレックスだった。
「リツ、元気にやっているか。マレーシアはコロナの感染状況が酷いらしいな。心配になって電話したんだよ。」
氷堂はアレックスの言葉がただの社交辞令に過ぎない事をすぐに理解した。アレックスが人の体調を心配する事などありえない。彼の頭の中にあるのは金儲けだけだ。それを理解していた氷堂は、適当に「元気でやっている」という事を伝えると、彼は早速要件を伝えてきた。
「リツがコロナに感染せず元気なら良かった。実は我々の大事なクライアントである中国のCCMM社(仮名)の幹部の陳が、来週マレーシアに行く事になった。マレーシア政府の要人と打ち合わせをする予定らしい。それで大変申し訳ないが、リツの方で現地を案内して貰えるか」
いつもの様にアレックスは不躾な依頼を投げてきた。氷堂自身も来週は予定が入っている。しかし親会社の役員であるアレックスの依頼なら、断る訳にはいかない。しかし氷堂は思い出した。現在マレーシアはコロナの影響で国境を閉じている。長期ビザを所有している人間以外は入国できないはずだ。仮に何らかの方法で入国できたとしても、政府が指定するホテルで14日間の隔離を行う必要があり、CCMM社の幹部がその様な無駄な時間を費やせるとも思えない。その事をアレックスに伝えると、予想外の返答が返ってきた。
「心配するな。リツ。CCMM社の幹部だぞ。それに会うのはマレーシア政府の要人だ。長期ビザが無くても、そして14日間の隔離が無くても、マレーシアに入国する方法は既に考えられている。それはイミグレーションとも調整済みだ。その方法は後でメールするから、リツはお前の会社のCOOのカイルディンと一緒に空港へ迎えに行って欲しい。」
それを聞いた氷堂はアレックスに返した。
「分かりました。では僕の方で現地を案内する手配をします。ところでCCMM社の陳さんは何のためにマレーシアに来るんですか?」
急にアレックスは電話口で声を潜める様にしていった。
「マレーシア政府と『一帯一路構想』について話し合うんだよ。」
『一帯一路』というキーワードが出てきて、氷堂は少し驚いた。しかしそれは想定されていた驚きでもあった。現在中国政府は世界中で一帯一路政策を進めており、その影響は確かにマレーシアにも及んでいた。これまでも定期的に中国政府の要人や国営会社の幹部たちが、意見交換の為にマレーシアを訪れていた。ただそういった人達の訪問はコロナ禍で一旦ストップしたものと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。氷堂が電話口で色々と思いを巡らしていると、考えを遮る様にしてアレックスは言った。
「リツ、お前は好まないかもしれないが、これは大事な仕事だ。宜しく頼んだぞ。」
そう言ってアレックスは一方的に電話を切った。
翌週の月曜日、氷堂はカイルディンと共にクアラルンプール国際空港(KLIA)にいた。午後のフライトで、北京からCCMM社の幹部の陳が到着する事になっていたからだ。
クアラルンプール国際空港はマレーシアの玄関口となる国際空港で、クアラルンプールの中心地から43kmの場所に位置している。この国際空港にはメインターミナル、サテライト、KLIA2(格安航空会社ターミナル)、および4,000mの滑走路3本があり、その敷地面積は何と10,000haにも及ぶ。ちなみに羽田空港の敷地面積が1,500haである事を考えると、その6倍以上の面積を有している事になる。コロナ前までは、年間6000万人以上が利用するアジア屈指の巨大空港であり、東南アジアのハブ空港として、マレーシアのみならず欧州や中東、オセアニアへの乗り換えにも数多く利用されてきた空港だ。
既に飛行機が到着してから1時間以上が経過している。氷堂とカイルディンが雑談しながら待っていると、遂に到着ゲートから陳が現れた。思いのほか年齢は若く、まだ40代後半と思われるが、彼とそれを取り巻く者たちからは、明らかに一般人とは違うオーラが放たれていた。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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