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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第49話 イスラム圏におけるLGBT

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n0b853b84ba57
 
 この話は2023年1月に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日も朝9時に出勤して仕事を始めていた。さて氷堂のオフィスでは常にラジオを流しているのだが、11時から始まったニュースで、アンワル・イブラヒム首相が行った会見のダイジェストが扱われていた。ちなみにアンワル首相は2022年11月24日に第10代首相として任命を受けたばかりで、この日の会見は所信表明演説のようなものだった。
 
 そのアンワル首相だが、会見の中で次のような内容の事を述べていた。
 
「私は多様性を重んじる政治家です。そのため私が首相になった事によって、イスラム教の文化が損なわれてしまう事を危惧する人もいます。しかしそれは間違いです。少なくとも私の政権下では、共産主義とLGBTが認められる事は絶対にありません!その点はご安心ください。」
 

 
 この言葉を聞いて氷堂は少し驚いた。共産主義はともかく、アンワル首相がLGBTをここまで徹底的に否定するとは思わなかったからだ。というのはイスラム教が支配的なマレーシアではLGBTが違法なのだが、実はアンワル自身も過去に同性愛行為を行ったという罪で懲役刑に服している。ただアンワルはこの疑惑を一貫して否定しており、当時彼は野党の党首を務めていた事から、「政敵が仕組んだ陰謀」という見方が今では一般的だ。一方でアンワルはいわゆるリベラルな政治家として知られており、イスラム教徒だけでなく、仏教徒の中華系やヒンズー教徒のインド系からの支持もかなり厚い。それだけに今回の会見におけるLGBTへの非難に対しては、驚いた人も少なくなかった様だ。
 
 このようなLGBTに関する話題は、マレーシアにおいて非常にセンシティブだ。ただ一方で氷堂は少し疑問にも思った。この国の人口の約2/3はイスラム教徒だが、残り1/3はそれ以外の宗教を信奉している。多民族国家のマレーシアの中には、LGBTの人が必ずいるはずだ。そういった人達はこの状況を受け入れられているのだろうか、と。
 
 ただそれを想像しているだけでは何も分からない。それで氷堂は社員のアイリーンをランチに誘ってみる事にした。アイリーンは中華系の20代後半の女性で、2年ほど前に氷堂の会社に入社してきた。アイリーンは会計士の資格を有しており、経理や貿易実務を担当している。彼女自身は中華系の女性特有の気の強い性格の持ち主であり、ボスである氷堂にも忌憚なく意見を言ってくる。そのため氷堂は内心彼女の事を苦手としているのだが、一方で彼女は仕事に関しては非常に優秀で、何より人種や国籍に関係なく人と接する事ができ、会社における潤滑油の様な役割を担っている。そんな彼女ならば、この国のLGBTの置かれた状況についても理解が深いのではないかと思われた。
 
 
 さて昼12時を回った。氷堂はアイリーンと共にオフィスから徒歩5分ほどの場所にあるコピティアムに向かった。このコピティアムとは端的に言えば中華系のカフェの事で、コーヒーに加え、簡単な軽食や中華料理を食べる事ができる。席に着いた氷堂は、早速アイリーンに尋ねてみた。
 
「午前中の仕事もお疲れさま。今週は忙しいね。ところで今日のアンワル首相の会見を聞いたよね。その中で彼は『LGBTを決して認めない』と断言していた。それでアイリーンに聞きたかったんだけど、マレーシア国民はこの流れをどういう風に受け止めているのかな?」
 
 するとアイリーンは少し考えている様子だった。そして声を潜めてこう言った。
 
「そうですね…難しい問題だと思います。そうだ、そう言えば月末の春節の休みにホームパーティーを計画しているんですが、私の幼馴染がタイから帰省して参加する予定になっているんです。実はその幼馴染は元々男の子だったんですが、今タイではゲイとして生活しています。多分彼に直接聞いてみた方が早いんじゃないかな、って思います。どうです?社長。休みだし時間ありますよね?」
 
 急なホームパーティーの誘いに氷堂も驚いた。しかし断る理由も無かったし、何よりマレーシアにおけるLGBTの実態を知ってみたかった。氷堂が答えようとすると、遮るようにアイリーンが言った。
 
「それじゃあ参加で決定ですね。では社長、恐縮ですがシャンパンと高級ウイスキーを持参してください。料理は持って来なくて良いですから。楽しみにしていますね。」
 
 なるほど、マレーシアではお酒が非常に高いので、アイリーンは社長である氷堂にそれを持参して貰おうと企んでいたのだ。ただそれも必要経費だ。そう自分に言い聞かせた氷堂は、その誘いを受け入れる事にした。しかしその後に氷堂がアイリーンの友人から耳にしたのは、想像を遥かに超えたLGBTの人たちの置かれた厳しい境遇だった。
  

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香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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