見出し画像

Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第56話 金融都市ドバイの光と影

前回の話はこちらから

https://note.com/malaysiachansan/n/nfd3a8251882b
 
 この話は2019年まで遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、出勤すると一本の電話が掛かってきた。スマホの画面を見ると、送信者には「アレックス」と書かれていた。ちなみにアレックスは香港にある氷堂の親会社フェータイル社(仮名)のCOOで、時折電話を掛けては無理難題を押し付けてくる。嫌な予感がした氷堂であったが、無視するわけにもいかない。着信ボタンを押すと、早速アレックスは開口一番こう言った。
 
「リツさん、おはようございます。お元気にしていますか?ところで少しお願い事がありまして、お電話いたしました」。
 
 予想通りだ。氷堂は電話口でため息をついた。しかしそれを無視するかのように、アレックスは話を続けた。
 
「すいません、急で申し訳ないのですが、来週ドバイに向かっていただけるでしょうか?ご承知の通り、ドバイのジュベル・アリ・ポートは中東最大の港です。我々の会社は香港~ドバイ間でコンテナリースのサービスを提供していますが、今コンテナが不足して困っているんです」。
 

 
 急に出てきた「ドバイ」という言葉に、氷堂は少し驚いた。それで言葉を返した。
 
「来週ですか...随分と急ですね。私も一応こちらで予定が色々と入っているのですが…」
 
 氷堂が話を続けようとすると、アレックスはそれを遮った。
 
「リツさんが忙しいのは十分承知の上での相談です。私がお願いしているという事は、それだけ緊急性が高い、という事です。それはリツさんも重々分かっていますよね」。
 
 強く言葉を返してきたアレックスを前に、氷堂は何も言い返せなくなってしまった。そもそもフェータイル社は氷堂の会社の筆頭株主だ。そのCOOからの依頼を断る選択肢など、氷堂には与えられていないのだ。それで答えた。
 
「分かりました。では日程を調整します。ただ行けるのは3日が限界だと思います」。
 
 するとアレックスも返答する。
 
「ありがとうございます、リツさん。そう答えていただけると思っていました。まぁ3日もあれば十分でしょう。商談だけでなく、観光だって楽しむことができるはずです」。
 
 アレックスの言葉を聞いて、氷堂は考えが変わってきた。確かにドバイは世界屈指の金融都市で、美しい夜景を楽しめる素晴らしいレストランも無数にある。マレーシアの片田舎とは違い、たまの気分転換にはちょうど良いかもしれない。そんなことを考えていると、甘い考えを遮るかのようにアレックスは言葉を続けた。
 
「いや、リツさん。余り夢を見ない方が良いでしょう。多くの人がイメージするきらびやかなドバイは、あくまで表の世界です。しかし社会には表もあれば裏もあります。これからリツさんが行くのは港湾であり、いわば裏の世界です。そこではドバイの最底辺を垣間見ることができるでしょう。まぁ楽しんできてください。詳細は追ってメールします」。
 
 そう言うとアレックスは一方的に電話を切った。それで氷堂は早速出張の準備を始めることにした。しかしその後に氷堂がドバイで目にしたのは、エリートたちの陰で酷使される外国人労働者たちと、それによって生まれた信じがたいほど大きな格差社会だった。
 

ここから先は

5,607字 / 8画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?