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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第67話 空港に閉じ込められた人

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n1742bc51a282?magazine_key=m0838b2998048
 
 この話は2018年9月まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、当時、クライアントを新たに開拓するために営業に奔走していた。それはマレーシア国内のみならず、海外も対象で、特に海運会社が軒を連ねる隣国シンガポールは重要な市場だった。それでほぼ毎週、シンガポールへ海外出張に出かけていた。
 
 ただ「海外出張」というと大仰に聞こえるが、日本人が考える海外出張と、東南アジアのビジネスマンが考える海外出張では、そのハードルの高さがかなり異なる。普通の日本人ならば、海外出張の何週間も前から準備をするかもしれない。しかし東南アジアのビジネスマンにとっては、海外出張は単なる日常の延長だ。特にマレーシア~シンガポール間は世界で最も就航本数が多い路線として知られており、1日あたりの本数は40本を超える。また時間も約50分しかかからず、距離も300km程度しかない。日本で言えば東京~名古屋間くらいの距離だ。そのため氷堂に限らず、毎週のように海外出張を繰り返すビジネスマンは大勢おり、中には通勤する人すらいるほどだ。
 
 さて氷堂はいつも出張の際にはシンガポール航空を使うのだが、繁忙期で予約がギリギリになってしまった事もあり、フライトが満席だった。それで今回ばかりは仕方なく、エア・アジアを予約することにした。エア・アジアはマレーシアを代表するLCCで、その就航本数とコストパフォーマンスは、国際的にも非常に高い評価を受けている。例えば今回のフライトも、片道わずか100リンギット(約3000円)だった。また航空業界の格付けの権威と言われるSKYTRAX社が行ったLCC部門のランキングにおいても、エア・アジアは何度も1位を取っており、マレーシアのみならず東南アジアの人々の足として、盤石な地位を築いている。
 

 
 ちなみにクアラルンプール国際空港、通称KLIAには、2つのターミナルが存在する。ターミナル1はマレーシア航空やシンガポール航空、またJALやANAなど、フラッグキャリアが用いるターミナルなのだが、もう一方のターミナル2はLCC専用のターミナルとなっており、2014年から稼働が始まった。LCC専用と言っても、9割以上はエア・アジアの飛行機によって用いられているため、「エア・アジアのために作られたターミナル」と言っても過言ではないだろう。
 
 出発予定時刻の2時間前に空港に着いた氷堂は、搭乗手続きを済ませると、保税エリアへと進んだ。すると待合スペースの一角に人だかりが出来ており、その中心に一人の男性がいた。中東系の顔つきをしており、年齢は30代半ばだろう。興味を持った氷堂は、近くの人に小声で尋ねてみた。
 
「あの…すいません。なぜこんなに人だかりができているのでしょうか。あの男性はどなたでしょうか?」
 
 すると通りがかりの男性は答えた。
 
「あぁ最近のニュースを知らないんですね。彼はあの有名なアル・コンタルさんですよ。シリア難民としてマレーシアに辿り着いたんですが、色々あってマレーシア政府が入国を拒んでいて、空港で暮らし始めてもう半年になるんです。可哀そうですよね…」
 

 
 その男性の姿を見て、氷堂は映画の「ターミナル」を思い出した。確かあの映画では、トム・ハンクス扮する東欧の小国から来た男性が、ニューヨークJFK国際空港に入国する直前に母国でクーデターが生じてしまい、その結果、国が消滅して入国できなくなってしまった話だった。しかしアル・コンタルは、東欧ではなくシリア難民のようだ。それで改めて彼を見てみると、顔色こそ疲れが見えたが、特に不衛生な感じもしなかった。話を聞くには、空港内の身体障碍者用のトイレで水浴びや洗濯をすることが認められているらしく、食事も空港のスタッフや搭乗客によって善意で届けられているらしい。
 
 可能なら、氷堂は彼に少し話を聞いてみたかった。しかし搭乗予定時刻まであと30分を切っており、ゆっくり話す時間はなさそうだった。それで仕方なくその場を後にし、搭乗口へと足を早めた。そして飛行機は定刻通りに出発した。ただ氷堂は飛行機の中でも、彼の事が気になって仕方なかった。「なぜ空港で留め置かれることになったのだろう?何か助けになれることはないだろうか?」。色々な疑問が頭に浮かんだ。それで氷堂は彼の事を少し調べてみることにした。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、シリアという国の悲惨な現状と、それに振り回される国民の悲しい現実だった。
  

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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