Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第88話 世界中にコミュニティを広げる中華系住民たち
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https://note.com/malaysiachansan/n/n8d0be25cd338
この話は2024年1月に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、車でマラッカへと向かっていた。マラッカはクアラルンプールから南へ約150km、2時間ほどの距離にある都市で、多くの観光客で賑わう観光地として有名だ。
マラッカの起源は15世紀まで遡ると云われている。当時、この地域一帯を治めたマラッカ王国は栄華を極め、独自のマレー文明を築いた。その後、この地の豪族は中国・明朝との間で交易を始め、さらに後世にはポルトガルやオランダ、イギリスによって支配下に置かれた。そのため様々な文化や建造物が混在するようになり、それがこの街の独特の空気を醸成している。ちなみにマラッカは2008年に世界文化遺産として登録されており、正に東南アジアを代表する観光都市と呼ぶことができるだろう。
さて氷堂はマラッカが大好きで、過去に仕事やプライベートで何度も訪れていた。ただこの日は少しだけ心持ちが違っていた。取引先のナサニエルの結婚式に招待されていたのだ。ナサニエルは20代後半の男だが、マラッカの出身で、氷堂の会社の担当者をしている。彼は大学で日本語を勉強していたこともあり、日本が大好きで、何度も日本旅行へ出かけていた。そんな縁もあって、ナサニエルは氷堂のことを実の兄のように慕っており、二人は毎月のように飲みに出かけていた。そのナサニエルが結婚する。しかも大好きな街のマラッカで。氷堂は胸の高鳴りを抑えられずにいた。
氷堂が向かった披露宴会場は、「グランド・スイスベルホテル」というホテルだった。このホテルはマラッカの旧市街に建つ老舗のホテルで、東洋と西洋のエッセンスが入り交じった、オーセンティックかつ華美な建物が最大の魅力だ。ロビーの天井を覆うステンドグラスのドームは東南アジア最大級と言われており、来場客は皆一様にその美しさに息を呑む。素晴らしい雰囲気のホテルだ。
加えて氷堂は楽しみにしていたことがあった。ナサニエルは「ニョニャ」と呼ばれる民族の末裔で、彼らの様式に沿って結婚式が執り行われることになっていたのだ。14世紀から19世紀にかけて、マレー半島には中国大陸の南部から大勢の人たちが移り住んだ。移住者の多くは男性で、彼らはその地域の女性を妻として迎え入れ、言わば国際結婚を果たした。これにより独特の言語や混血文化が生まれ、それが現在まで続いている。ちなみにニョニャは別名「プラナカン」とも呼ばれており、この呼称の方が日本では一般的かもしれない。
披露宴が行われる宴会場に足を踏み入れると、そこには300名以上の参列者がいた。親族もかなり来ているようだが、若い世代の友人たちも多く、氷堂の席も彼らの中に設けられていた。周りを見渡すと、チャイナドレス姿の女性が大勢いる一方で、マレーシアの民族衣装を身に纏っている人もいる。氷堂もこの日はバティックと呼ばれる正装で参列しており、皆が色鮮やかな服を着ているので、さながらファッションショーのようだった。
そして食事がスタートして、前菜の提供が終わると、披露宴は余興の時間に入った。すると「ドンダン・サヤン」と呼ばれる伝統的なニョニャの儀式が始まった。ステージでゲストの一人が即興でマレー語の韻文を歌いながら踊ると、それに合わせて別の人がステージに立ち、また即興で歌と踊りを始める。それが繰り返されていくうちに、気が付くとステージでは大勢の男女が舞を踊っていた。そして彼らは外見こそ中華系だが、用いられている言語はマレー語のようだった。享楽的であり、神秘的でもあった。初めて接するニョニャの文化に、氷堂は強く心を揺さぶられた。
ただ氷堂はふと思った。考えてみると、古くから中華系住民は世界中に移住し、独自のコミュニティを形成してきた。その中にはニョニャのように現地と同化する民族もあれば、そうでない人たちもいる。ここに至るまで、彼らはどんな障害に直面してきたのだろうか?またどうやってそれを乗り越えてきたのだろうか?と。
近年日本でも外国人労働者の数が急増しており、それが様々な軋轢を生んでいる。同時に日本人でも海外に移住する人が増えており、在外邦人の数は100万人を超える。何より氷堂自身も日本を出てから10年以上が経過しており、言わば移民という括りに入るだろう。きっと彼らから学ぶものも多いに違いない。そう考えた氷堂は、彼らの歴史について改めて学びたいと思い、ニョニャの参列者に近づいてみることにした。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、世界中に散らばった中華系住民たちの葛藤と、彼らを結ぶ強い絆だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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