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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第97話 軽視される安全と人間の命の価値
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n8c19498ecfa4
この話は2018年に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、車を走らせていた。時間は早朝で、向かっていたのはシャー・アラムという街だった。シャー・アラムはクアラルンプール郊外のセランゴール州に位置し、1978年に州都に指定されている都市だ。マレーシアを代表する工業地帯でもあり、地域経済に対して製造業が占めるシェアは、マレーシア国内で最も高くなっている。国内企業に加えて外資の工場も軒を連ねており、例えばパナソニックやトヨタといった日系企業の工場があるのも、このシャー・アラムの街だ。
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さて氷堂がシャー・アラムへ向かっていたのには、一つの理由があった。この街には東南アジア最大規模のカーペット倉庫があるのだが、氷堂の会社が短期リースで貸し出していたコンテナが、この前日に納品を終えて、返却されることになっていたのだ。その数は40フィートコンテナ10本分で、相応に大きな案件だった。当然ながら引き渡しは海上コンテナドライバーたちによって行われるのだが、その様子を見届けるため、氷堂は自宅から車を走らせていた。
しかしながら、この日はいつもとは少し様相が違っていた。早朝にもかかわらず、大渋滞が起きていたのだ。もとよりシャー・アラムは車の台数が非常に多く、公共交通機関も発達していないため、渋滞が発生すること自体は日常茶飯事なのだが、それでも渋滞が起きるのは朝8時以降で、朝6時台からここまで車が混むことはめったにない。しかも車の列は全く動く様子すら見えない。「このままでは間に合わない」と感じた氷堂は、交通情報を聞くためにラジオをオンにした。するとラジオのキャスターは次のようなことを言っていた。
『今朝未明、シャー・アラムの製氷工場でガス爆発が起きました。現場はSMJK Chung Hwa高校から150メートルほどの場所に位置しており、付近には有毒なガスが蔓延しているようで、一帯は通行止めになっています。また生徒の安全も考慮して、高校の休校が決定されており、現場から半径3キロ以内の住民には避難指示も出されています。詳しい情報が入り次第、続報をお知らせします』。
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氷堂はようやく察した。これは単なる交通渋滞ではなく、工場のガス爆発による通行止めが原因によるものだと。それですぐにGoogle mapsを開き、事故現場の位置を調べてみた。そこは氷堂が向かおうとしていたカーペット倉庫から目と鼻の先にあり、今車を停車している場所からも、そう離れていない距離だった。つまり氷堂は避難指示区域のすぐ近くにいたのだ。
これでは今日のコンテナの引き渡しは不可能だ。それで社員やドライバーにWhatsAppで現況を伝え、キャンセルの指示を送った。何より氷堂自身も早くそこを離れなければ、健康被害を負うかもしれない。氷堂は車をUターンさせ、一旦会社に戻ることにした。しかしながら、これはまだ驚きの序章に過ぎなかった。その後に知ることになったのは、極めてずさんな工程管理と軽視される安全性、そして労災事故で失われていく余りにも安い人間の命の価値だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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