Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第81話 海外リタイア生活の厳しい現実
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/nc9863b312b3a
この話は2023年に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、アラ・ダマンサラと呼ばれる街にいた。マレーシアには約25,000人の日本人が住んでいるのだが、全土に散っている訳ではなく、まとまって居住するエリアがいくつかある。クアラルンプール中心部から東に20kmほど進んだアラ・ダマンサラもその一つで、ここには大勢の日本人が住んでいる。
この街に日本人が多い理由の一つは、マレーシア最大の日本人学校があるからだ。この日本人学校は、小学校と中学校合わせて約500名もの生徒を抱えており、その多くは駐在員の子供たちだ。駐在員は数年で帰国することが多いため、日本での復学を視野に入れて、インターナショナルスクールではなく日本人学校に子どもを入学させる親が多い。ただここも以前は1000名以上の生徒を抱えていたらしいが、日系企業の縮小や撤退に伴い、生徒数の減少が続いている。言わば、日本の栄枯盛衰を象徴するような場所とも言えるかもしれない。
ただ氷堂がアラ・ダマンサラに来たのは、日本人学校に用事があったからではない。日本人の友人に会うためだ。向かった先はトロピカーナ・ゴルフ&カントリー・リゾートという場所で、マレーシアを代表する名門のゴルフ場だ。
ゴルフ場で氷堂を待っていたのは、70代前半の初老の男性だった。この男性こそ、氷堂が心を許す友人の鈴永さん、通称「鈴さん」だ。普段氷堂は日本人と余り行動を共にしないのだが、この鈴さんは特別だ。鈴さんは60歳で日本の大手企業を定年退職して、リタイアンメントビザを取得してマレーシアに移住してきた。その後、マレーシアに来たばかりの氷堂がクアラルンプールの居酒屋で一人で飲んでいた時、声をかけてきたのが鈴さんだった。氷堂と鈴さんは年齢的には大きく離れているものの、過去に同じ横浜で働いていたという共通点もあり、その場で二人は意気投合した。それ以来、プライベートで長い時間を共にする深い仲になった。
さてその日は暑かった。気温は30度を超えており、頭上では赤道直下の太陽が燦々と輝いていた。ラウンドを半分ほど回り終えた頃、鈴さんは言った。
「リツさん、相変わらずゴルフがお上手ですね。結構練習しているんじゃないですか?」
鈴さんの褒め言葉に、氷堂も言葉を返す。
「いやいや、鈴さんにはかないませんよ。私も以前には、接待も兼ねてゴルフは毎週のように行っていたんですが、何だか飽きてしまって。もう近ごろは、仕事絡みのゴルフは断るようにしています。でも鈴さんは別ですよ。これは仕事ではなく、遊びですから。鈴さんといると、気を遣わなくて済みますから」。
氷堂は本音を漏らした。その様子を見て、鈴さんも嬉しそうに言った。
「若い人からそう言ってもらえると嬉しいね。私がマレーシアに来て十数年、リツさんと付き合い始めてから、もう6年が経つのか。時間が過ぎるのは早いものだね」。
そう言った鈴さんはニコリと笑った。その笑顔を見て、氷堂も返答した。
「いやいや、私ももう40代です。全く若くはないですよ。でもこうやって鈴さんと一緒に時間を過ごすのは、本当に息抜きになります。感謝しています」。
氷堂は頭を下げた。鈴さんも嬉しかったのだろう。その様子を見て、目を細めていた。ただその後、急に鈴さんは黙り込んでしまった。10秒ほど沈黙があっただろうか、ようやく鈴さんは口を開いた。
「リツさん、言いにくいんだが、こうやってゴルフを一緒に回れるのも、今日が最後かもしれない。実は日本に帰ることにしたんだ」。
そう言った鈴さんはうつむいていた。一方の氷堂にとっては寝耳に水だった。それで驚きながらこう言った。
「そうなんですか!でも奥様も含めて、まだまだ身体は元気じゃないですか。どうして帰る必要があるんでしょうか…」
氷堂は疑問をぶつけてみた。すると鈴さんはゆっくりと語り出した。
「そう、身体はまだまだ元気だ。でもね、こういう話をするのも恥ずかしいんだが、今のような生活を続けるのは、もう経済的に限界なんだよ」。
その言葉を聞いて、氷堂はさらに驚いた。鈴さんは大手企業を退職し、このマレーシアにやってきた。むしろ経済的には恵まれている方だと思っていたが、実はそうではなかったのだろうか。それで氷堂は、鈴さんの話にさらに耳を傾けることにした。しかしその後に氷堂が知ったのは、絶え間なく続くインフレと、予想を超える円安がもたらした厳しい現実だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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