見出し画像

Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第32話 石油に翻弄された国

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n7f28cfbc12c8
 
 この話は2019年まで遡る。ある朝、マレーシアでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)の携帯電話に着信が入った。画面には「フェータイル社・アレックス」と記されていた。フェータイル社(仮名)は香港にある氷堂の親会社であり、そのコンテナ取扱数は世界でも5本の指に入る。アレックスはその会社のCOOだ。ちなみにアレックスという名前からは欧米人を想起させるが、実際は50代のコテコテの香港人である。電話に出た氷堂に対して、アレックスは言った。
 
「リツさん。ご無沙汰しています。お元気ですか?暑いマレーシアで熱中症になっていないですか?事業は上手く行っているようですね。ところで面白い話があるんです。ちょっと聞いていただけますか?」
 
 アレックスは毎回このように相手の体調を気遣う振りをするが、それは単なる社交辞令である事を氷堂も良く理解している。彼の頭の中にあるのは金儲けの事だけだ。しかし今回は「面白い話」と言ってきた。一体何だろう。そう考える氷堂を他所に、アレックスは話を続けてきた。
 
「実はですね、『石油王』から依頼が入っているんですよ。この件をリツさんにもご協力頂きたくて、お電話させて頂きました。」
 
 唐突に出てきた「石油王」という言葉に、氷堂は困惑した。何かの冗談かもしれない。そう考えた氷堂は、アレックスに逆に尋ねてみた。
 
「アレックスさん、ご無沙汰しています。『石油王』ですか…一体どこの石油王が、このマレーシアのコンテナリース会社に仕事を依頼してくるんですか。サウジアラビアのサルマン皇太子ですか。そんなはずはないですよね。」
 
 氷堂はアレックスの話を話半分に聞いていた為、適当に答えてみた。ところがアレックスは声調を変えて、真面目に返答してきた。
 
「はい。流石にアラブの石油王の話ではないのですが、南米の石油王からの依頼なのです。まぁ、石油王という表現は適切ではないかもしれなのですが。リツさん、南米の産油国ってご存じですか?」
 
 氷堂は急に尋ねられて、答えに窮してしまった。それで何となく自分が知っている知識を伝えてみた。
 
「そうですね…有名な所ですと、ベネズエラですよね。ただベネズエラはアメリカからの経済制裁を受けて、今も禁輸措置が続いているはずです。」
 
 その返答にアレックスも答える。
 
「さすがリツさん、良く知っていらっしゃる。実はですね、今回依頼が来ているのは、ベネズエラの隣にある『ガイアナ』という国なんですよ。」
 
 氷堂は「ガイアナ」という国の事は聞いた事がなかった。いや、正確に言えば中学校の地理の授業か何かで少しだけ出てきたかもしれない。それで氷堂は携帯電話を左手に持ち替えて、目の前にあるノートパソコンで「ガイアナ」と検索してみた。するとガイアナの地図が出てきた。どうやらガイアナという国は、東にスリナム、西にベネズエラ、南をブラジルに囲まれた小国らしい。
 

 
 ノートパソコンを見る氷堂の電話口で、アレックスは話を続けた。
 
「実はこのガイアナにおいてですね、2015年にエクソンモービル社が原油の鉱区を発見したんですよ。そして幸いな事に膨大な量の原油が眠っている事が分かってですね、いよいよ2020年から採掘が始まるんです。更にこの油田の権益なんですが、うちの取引先で中国の国営企業である中国海浜石油総公司(仮名)が持っています。現在は採掘開始に向けて最終調査が行われているんですが、その調査には膨大な物量の重機や機材が必要になります。それを中国本土からガイアナに運ぶコンテナが不足しているんですよ。勿論、我々フェータイル社も多くのコンテナを貸し出しているんですが、それだけでは足りなくてですね。それでリツさんの会社にお声を掛けさせて頂いた次第なんです。」
 

 
 氷堂はやっとアレックスが電話を掛けてきた理由を理解した。そして親会社の依頼であれば、氷堂の側から断る事はできない。アレックスもそれを分かった上で、氷堂に電話しているのだ。それで氷堂は返答した。
 
「アレックスさん、分かりました。では何とか手配するように最善を尽くします。」
 
 そう言うとアレックスも上機嫌で答えた。
 
「それは感謝です。いやぁリツさんにお願いした甲斐がありました。ところですね、私は来月にガイアナ出張の予定を立てています。もし宜しければ、リツさんもご一緒しませんか?今回はかなり大きなビジネスです。リツさん自身もその目で現場を確認されたいでしょう。いかがですか?」
 
 急なガイアナ出張の話に氷堂は戸惑った。しかし親会社のCOOの誘いなら、無碍に断る事もできない。それに氷堂は実際に現場を確認したかった。それは自社のリスクを軽減する為でもあったが、それ以上に「ある日突然、石油が見つかった国」というストーリーに興味が湧いたからだ。それで氷堂はアレックスに答えた。
 
「はい。是非ご一緒させてください。」
 
 その返答を聞いて、アレックスも喜んだ。しかしその後に氷堂がガイアナで目にしたものは、『石油王』の言葉とは余りにもかけ離れた、過酷な貧困の現実だった。


ここから先は

6,393字 / 5画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?