Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第15話 世界のゴミ捨て場から
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n836ff379030b?magazine_key=m0838b2998048
この件は2019年の年末まで遡る。午後2時、氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)はいつもの様にオフィスで事務仕事をしていた。氷堂のオフィスはポートクランの港湾の保税エリアから2キロほどの場所にあるのだが、その日、港湾の現場責任者であるケヴィンが慌ててオフィスに戻ってきた。そしてケヴィンは氷堂に対して息を切らしながら話し始めた。
「リツ、大変だぞ。今日の午前中にフランスから戻ってきた我々の40フィートコンテナだが、そのままフランスに戻る事になった。」
氷堂も尋ねる。
「一体どういうこと?あのコンテナは清掃した後、来週には次の荷主が決まっているんだから、そんなの無茶だよ。何があったのかな?」
ケヴィンは話し始めた。
「いや、俺も良く分からないんだが、港湾事務局が『とにかくこのコンテナの中身を降ろすわけにはいかない。この件に関しては既に荷主と話を付けた』と言って聞かないんだよ。ちなみにパッキングリストを見ると、『プラスチック』となっているから、別にそんな怪しいものでもなさそうだし。でも事務局に理由を聞いても詳しく教えてくれない。リツ、申し訳ないけど俺にはもう手に負えないから、リツの方で事務局に掛け合ってくれるかな。俺は他のコンテナの管理も夕方までに終えないといけないから、忙しいんだよ。申し訳ないね。」
そう言うとケヴィンはオフィスを出て、バイクに乗って再び港湾の現場に戻っていった。それにしても一体何があったのだろう。保税エリアで抜き打ち検査は付き物だ。税関は定期的にそれを行うが、パッキングリストと実際の貨物が異なっていた場合、大抵は再申告をすれば見逃してもらえる。また仮にそれが密輸品だった場合、その荷物は押収される事になるが、コンテナごと本国に送り返すという事態はまず起きない。よほど大きな問題があったに違いない。それを知るために、氷堂は港湾事務局へと向かった。
氷堂はノースポートの港湾事務局の駐車場に車を停めると、3階にあるイスマイルの執務室へと向かった。イスマイルはノースポート港湾事務局の副長官を務めており、ポートクランでは誰もが知る有名人だ。イスマイルは2か月に一度、港湾事業者を集めて意見交換会を開いており、氷堂は毎回それに出席している事から、2人は良く知っている仲だった。いや実際にはただの管理者と事業者という関係を超えて、2人は親友とも呼べる間柄になっていた。その理由はイスマイルが大の日本好きであったためだ。彼は年に2回も日本に旅行へ行き、北は北海道から南は沖縄まで、日本国内の著名な観光地は殆ど行き尽くしていた。そんな彼が氷堂に興味を持ったのも、ごく自然な事だった。なぜならノースポートの港湾で事業を営んでいる日本人など、氷堂くらいしかいないからだ。
執務室の前に着いた氷堂に気付いたイスマイルは、笑顔で部屋の入口までやってきた。
「いやぁ、リツさん。どうしたんですか?こんな時間に。まぁ、コーヒーでも飲んでくださいよ。」
氷堂は「お構いなく」と言ったが、すぐに彼は秘書を呼んでコーヒーを淹れさせた。しかし氷堂は彼のコーヒーに限らず、マレーシアのコーヒーが余り好きではなかった。この地のコーヒーの殆どは『ホワイトコーヒー』と呼ばれるもので、砂糖とミルクに加えて練乳までが大量に入っている激甘口のものだからだ。
マレーシア人はこのコーヒーが大好きで、一日に何杯も飲むのだが、日本人の氷堂からすると一杯飲み切るのもやっとの甘さだ。ちなみにマレーシア人の国民一人当たりの砂糖摂取量は世界一と言われており、成人の5人に1人が糖尿病に罹患している。その最大の要因は、このホワイトコーヒーにあると氷堂は勝手ながら考えている。淹れられたコーヒーを口にすると、口の中一杯に練乳の甘さが広がった。とてもこんな量は飲み切れない。それで早速氷堂は例のコンテナの件について尋ねてみた。
「イスマイルさん、日頃の港湾の管理に感謝しています。ところで今朝フランスから届いたコンテナが、荷下ろしも許されずにそのままフランスへ送り返される事になったと聞きました。一体何があったんでしょうか?普通なら、荷物を空にする事くらいは許されると思うのですが。あのコンテナは来週には次の予約が入っているので、送り返されると大変困ってしまうんです。」
イスマイルは氷堂の話を聞いて、ようやく何のために氷堂がここに来たのか、その目的を把握した様だった。そしてイスマイルは話し始めた。
「あぁ、その件でしたか。実はリツさんの会社のコンテナだけでなく、合計8個のコンテナが送り返される事になりました。現段階では理由をお伝えする事は出来ないんですが…まぁ、リツさんなら仕方ないですね。日本の観光地について色々と教えてくれて、大変お世話になっていますから。内密にできますか?」
氷堂が「勿論です」と答えると、イスマイルは席を立って部屋の出口へと向かった。
「ちょっと付いてきて下さい」
そう言うとイスマイルは部屋を出て行った。氷堂はイスマイルの後に付いていくと、港湾事務局の建物から50mほどの場所に、例の8個のコンテナが留め置かれていた。全て40フィートの常温コンテナで、その外見からは何も異常な点は伺えなかった。そして確かにその中の一つは、氷堂の会社のコンテナだった。
イスマイルが再び話を始めた。
「多分驚くと思います。今回、送られてきたのはこれなんですよ。」
そういうと彼はコンテナの扉を開けた。中身を見た氷堂は言葉を失った。そこには庫内の天井から床まで、大量のプラスチックごみが詰め込まれていたのだ。
氷堂はイスマイルに尋ねた。
「これは…一体何ですか。」
イスマイルはため息をつきながら、事情を説明し始めた。
「これはご覧の通り、プラスチックゴミです。パッキングリストには『プラスチック』と記されていたと思いますが、それは嘘です。ただのゴミなんです。今年に入ってから、この様なプラスチックゴミが送られてくるケースが相次いでいるんです。荷主はフランスやイギリスなど、ヨーロッパの会社が多いですね。あとはアメリカやカナダからも次々と送られてきます。そして残念な事ですが、日本からも送られてきているんですよ。端的に言えば、これらのプラスチックゴミは不法廃棄物です。先進国で出されたゴミが、私たちの様な新興国に送られてきています。マレーシア政府はこのような処理されていないゴミの受け入れを形式上は拒否しているんですが、今回の様にパッキングリストを偽って輸入しようとする事例が後を絶ちません。それでマレーシア政府は『こういった不法廃棄物が届いた際には、そのまま本国へ送り返す様に』と命令を出したんです。勿論海上運賃は荷主持ちで、その荷主にはペナルティとして、2度と我々の港湾の利用を認めません。」
氷堂は「プラスチックゴミが先進国から海外に送られている」という噂は聞いていた。しかしまさかその問題に自社のコンテナが巻き込まれるとは予想もしていなかった。そしてこのゴミの不法投棄問題に、日本も関係しているとは考えてもいなかった。イスマイルの言葉を聞いて、驚きを感じると共に悲しみを隠せずにいると、イスマイルは話を更に続けてきた。
「こんなのは序の口ですよ。リツさん、お時間はありますか?もっと凄い現実を見せてあげますよ。この現実を見れば、私たち新興国がどれだけ先進国の尻拭いをさせられているか、そしてどれだけ先進国が主張する環境問題が口先ばかりのものなのか、きっとご理解頂けると思います。さあ、行きましょう。」
そういうとイスマイルは車のキーを取り出した。彼の愛車のメルセデスベンツEクラスは、すぐ横の駐車場に停めてあった。
氷堂が「どこへ行くのですか?」と尋ねると、イスマイルは答えた。
「決まっているじゃないですか。『ゴミの丘』ですよ。先進国のエゴの墓場ですよ。」
そう言うとイスマイルは車に乗り込んだ。慌てて氷堂も助手席に乗ると、イスマイルは車を急発進させた。保税区を出た車は、海沿いではなく内陸部の方へと向かっていった。そして氷堂は先ほどから疑問に感じている事を訪ねてみた。
「イスマイルさん、何故こんな事がおきているのですか?本来、ゴミというものはその国の中で処理されるべきものですよね。」
その言葉を聞いたイスマイルは、ハンドルを切りながらゆっくりと話し始めた。
「知りたいですか。その理由を。それにはここ何年かの複雑な国際情勢が関係しているんですよ。実はそれにはあなたの母国、日本も深く関係しているんです。」
再び『日本』という言葉を聞いた氷堂は、冷や汗が出るのを感じた。一体日本が何をしたというのか。氷堂はじっとイスマイルの顔を見て、彼の言葉の続きを待った。
ここから先は
ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?