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「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第46回 日本では何故ストライキが起きないのか?

 2023年2月1日、イギリスで大規模なストライキが行われました。参加者の業界は交通や医療、更には教師や公務員など多岐にわたり、その人数は実に50万人以上に達しました。この規模は過去十数年間で最大であり、これによりイングランドの小中高校の85%が授業の一部を行えなくなるなどの影響が出ました。そしてストライキの余波はイギリスだけでは留まらず、現在欧州各国で大規模なストライキが相次いでいます。
 
 ちなみに今欧州でストライキが起きている主な要因の一つが、「物価高に賃金上昇が追い付いていない」というものです。確かに昨年のロシアのウクライナ侵攻以降、天然ガスを始めとした資源の高騰が続いており、それにより庶民の生活は大きな打撃を受けています。一方で賃金は上昇しているものの、物価の高騰には到底追い付いておらず、生活は厳しさを増しています。このような環境ですから、各国でストライキが起きるのも容易に理解できます。
 
 ただ考えてみて下さい。「物価高に賃金上昇が追い付いていない」というのは、欧州だけの話ではありません。この日本でも同じ状況が生じています。例えば厚生労働省が発表した2022年11月の毎月勤労統計によれば、実質賃金は前年比で3.8%もマイナスになっています。これは賃金上昇こそ僅かに見られるものの、それを遥かに上回る勢いで物価が上昇しているためで、これだけの上げ幅は2014年5月以来8年6カ月ぶりとの事です。
 
 このような状況であれば、日本でも欧州の様にストライキが起きても全くおかしく無い訳ですが、何故かその気配すらありません。それに対して、「ストライキは日本の文化にそぐわないからだ」という声も聞かれますが、過去においては日本でもストライキが頻発していた時期がありました。例えば私が子供の頃には、バスや電車がストライキで頻繁に止まっていました。朝のニュース番組を見ながら、何故かワクワクしていたのを覚えています。もしかすると同じように感じていた読者もいらっしゃるかもしれません。つまり過去においては、日本でもストライキは文化の一つとして受け入れられていたのです。それが何時からか、完全に下火になってしまいました。
 
 では何故ストライキは激減したのでしょうか?どうすればその原因を知る事ができますか?この点で統計は肝要です。統計は嘘を付きません。統計を調べれば、日本のストライキが減少した時期やその傾向について正しい理解を得る事が出来ます。そしてそれはその背後にある理由を明らかにすると共に、現在の日本経済が抱える雇用問題も浮き彫りにしてくれるかもしれません。
 
 しかし日本だけの統計に注目しても余り意味がありません。海外の統計にも注目する必要があります。確かにこの数十年間、日本のストライキの数は減少の一途を辿ってきましたが、一方で今もストライキが頻発している国は少なからずあります。そのような国の統計と日本の統計を比較するならば、日本の雇用の異質さについて更に理解を深める事ができるでしょう。
 
 ただ統計だけでは見えて来ないものもあります。それはストライキに参加する労働者たち、もしくはストライキと対峙する経営者たちの生の声です。ストライキというものは、起こす方も起こされる方もある意味命懸けです。ストライキの結果、会社が潰れてしまえば、労働者・経営者と共に路頭に迷うことにもなりかねません。こういったストライキと関わる人たちの生の声というものは、統計からはなかなか見えて来ないものです。故に生の声に耳を傾ける事は重要です。
 
 この点で私はマレーシアの港湾で会社を経営していますが、どの国でも港湾は労働組合の力が非常に強く、ストライキが起きやすい事で知られています。私自身も香港の港湾で勤務していた際には、自らが組合員として活動していましたし、一方で今は会社経営者として、労働者からの賃上げ要求に対峙しています。そして海外の港湾の場合、ストライキはただの脅しではなく、本当に実行されます。日本ではストライキが激減しているため、日本人の多くは実際にストライキに参加した事が無いと思いますが、私は海外で会社を経営している故に、そのストレスにいつも晒されています。ですから私は生の声に耳を傾けるという点で、確かに有利な立場に居ます。
 
 それで今日は「日本では何故ストライキが起きないのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、日本のストライキの件数や参加人数がどのように推移してきたのかを振り返ります。次に海外の統計を通して、世界のストライキの傾向を考察します。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、日本の雇用政策に対して考察と提言を述べたいと思います。長文になりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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