見出し画像

「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第73回 ワークライフバランスは重要なのか?

 コロナ禍以降、「ワークライフバランス」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。これは端的に言えば「仕事とプライベートの両立」という意味で、これを基準に仕事選びをする人が近年は増えています。例えばIndeed Japanが実施した「子育て世代の転職活動と労働環境」という調査によりますと、子どもがいる中で転職活動をする際に重視するポイントとして、ワークライフバランスと答えた人の割合は、男子では「給与」に続いて2位の43%、女子では64.4%で1位となっています。これは「福利厚生」や「やりがい」などよりも高い順位で、今の勤労世代がいかにワークライフバランスを重視するようになっているかが理解できます。
 
 一方でワークライフバランスは論争の的にもなってきました。例えば最近は昔と比べて、サービス残業を強要するようなブラック企業は激減しました。これ自体は素晴らしいことですが、逆に残業自体も厳しく管理されるようになったため、仮にもっと働きたくても、定時で帰らされてしまう人は大勢います。さらにコロナ禍では無数の企業がテレワークを導入し、これによりワークライフバランスはさらに充実したようにも見えました。しかしコロナ禍が明けると、逆に多くの企業がテレワークを取りやめ、社員の出社を再開しています。こう考えると、ワークライフバランスにおいて「何が正解なのか?」については、今も多くの企業が模索中で、専門家の間でも意見が分かれている状況です。
 
 ではどうすればその実態を理解できますか?この点で統計は有用です。統計を調べれば、日本の労働時間がこれまでどのように推移してきたのか、そしてそれがどのように賃金に影響を与えてきたのかについて、全容をつかむことができます。それは過去における日本の労働の歩みを知ると同時に、現在の日本が抱える構造的な問題も明らかにしてくれるかもしれません。それ故に統計は大切です。
 
 ただ日本の統計だけでは不十分です。海外の統計についても調べる必要があります。例えば一般的に欧米諸国は労働時間が短く、ワークライフバランスが充実していると言われます。しかしそれは一面に過ぎず、例えば管理職クラスでは多くの人が日本以上にハードワークを行う事で知られています。さらに新興国に目を向けるなら、日本よりも労働時間は総じて長くなっています。こういった状況を比較考慮することは大切です。そうすることで、国際社会の中で日本の置かれた正確な立ち位置を理解できるからです。それで確かに海外の統計も重要と言えます。
 
 ただ統計だけでは見えて来ない分野があります。それは当事者たちの「生の声」です。世の中には仕事とプライベートを両立しているように見える人もいれば、逆にプライベートを犠牲にして働いているように見える人もいます。ではそのような人が不幸なのかと言うと、必ずしもそうとは言えません。人生における優先順位は人それぞれであり、現に「仕事が生きがい」のような人にとっては、ワークライフバランスは単なる邪魔な概念に過ぎません。そして当然ながらこういった見方は、統計には現れて来ず、当事者たちの話に耳を傾けて初めて理解できるものです。そう考えると、「生の声」に耳を傾けることも確かに大切だと言えるでしょう。
 
 この点で私自身は、20代は横浜の港湾のブラック企業で、低賃金・長時間労働に耐えてきました。当時を振り返るとワークライフバランスなど全くなく、何とか生き延びている毎日でした。その後は縁あって香港の外資系企業で働くようになりましたが、賃金こそ大きく増えたものの、労働時間は早朝から深夜までで、過労死してもおかしくないレベルの働き方をしていました。そして今はマレーシアで会社を経営していますが、この国も昨今の潮流で労務管理は厳しく制限されており、当然ながら従業員に過度な残業を課すことはできません。その一方で日本とは比較にならないほど雇用流動性も高く、賃金を上げていかないと社員が辞めてしまいます。このように私は日本においても海外においても、ワークライフバランスにまつわる課題に対峙してきましたので、この問題を語る上で確かに有利な立場にいます。
 
 それで今日は「ワークライフバランスは重要なのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、過去における日本の労働時間や賃金の推移を振り返ります。次に海外の統計を通して、諸外国の労働時間の傾向を俯瞰します。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、日本のワークライフバランスが置かれた状況を考察します。何より最もお伝えしたい点として、ワークライフバランスが謳われ、就業時間も制限される世の中で、「どうすればビジネスパーソンはさらに稼げるか」という点について、具体的な提言を述べたいと思います。将来的に転職を考えている方には、特にお読みいただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
  

ここから先は

5,870字 / 7画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?