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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第91話 スリランカの破綻が教えてくれたもの

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/nc20e4e1789f9
 
 この話は2024年2月に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、スリランカ最大の都市コロンボにいた。スリランカはインド洋沖に浮かぶ島国で、熱帯地域に位置し、年間を通して27度前後の高温多湿の気候である。沿岸部は美しい海外線が続き、一方で島の中央部には緑豊かな高原もあり、世界自然遺産にも認定されている。その中でもコロンボは、宝石取引の中心地となっていることから、別名「宝石の都市」と呼ばれており、近代的なビル群とイギリスの占領時代の歴史的建造物が一つの街の中で融合し、南アジアを代表する観光地としても名を馳せている。
 

 
 ただ氷堂がここに居るのは観光のためではない。新しいクライアントに会うためだ。2023年以降、パレスチナにおいてイスラエルとハマスの戦闘が激化する中、イエメンの武装組織フーシ派は紅海において船舶への攻撃を繰り返していた。これにより多くの船会社は、スエズ運河および紅海を通る航行を取り止め、南アフリカ共和国の喜望峰を迂回するルートへと変更を進めていた。その中でコロンボ港は、中東や東アジア、さらにはアフリカへのアクセスが良いことから、積み替え港としての需要が急速に高まっており、今回氷堂がこの地を訪れたのもその商談のためだった。
 
 マレーシア・クアラルンプール国際空港からコロンボのバンダラナイケ国際空港までは、約3時間強のフライトだった。前日の午後4時に離陸した飛行機は、スリランカの地に午後4時45分に到着した。3時間以上も乗っていたのに、時計の針は45分しか進んでいない。マレーシアから見てスリランカはほぼ真西にあり、2時間30分の時差があるからだ。時間の感覚を失う中、一晩休んでようやく身体がリセットされた。
 
 さて近年スリランカでは経済危機が深刻化し、2022年3月以降は政権の退陣を求めるデモが繰り返し起きていた。そして7月9日になるとデモ隊の一部がゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の公邸に突入し、一帯を暴徒が占拠した。その結果、スリランカ全土に非常事態宣言が発出されたが、大統領が国外に逃亡すると、徐々に事態は沈静化していった。この一連の騒動は、日本でも多くの人がニュースで目にしたことだろう。
 

 
 氷堂が最後にスリランカに訪れたのは、コロナ前の2018年だった。早いもので、あれから6年の月日が経過した。その間、スリランカ経済は混迷を極めたが、久しぶりに降り立ったコロンボの街は、当時と変わらず驚くほど平穏だった。わずか2年前に大規模な暴動があったとは思えないほどだ。ホテルを出た氷堂は、タクシーを捕まえるとコロンボ港へと向かうようドライバーに伝えた。コロンボ港は市街地から15分ほどの人工島に位置する。アジアの主要港の中で、ここまで市街地に近い港は珍しい。例えばマレーシアのポートクランは、クアラルンプールの中心地から車で1時間強は要する。アスファルトで整備されているものの、乾いた砂ぼこりが舞う道を抜けて、タクシーは港へと走っていった。
 
 そして保税区の入り口でタクシーを降りると、クライアントのラメッシュが氷堂の到着を待っていた。ラメッシュは50代の恰幅の良い男で、これまでオンラインで数回打ち合わせをしているものの、実際に会うのは初めてだった。肌色は浅黒く、立派な口ひげを蓄えている。また上半身は白色のシャツを着ているが、下は「サロマ」と呼ばれる男性用のスカートを纏っている。これはスリランカの代表的な民族衣装で、ラメッシュと同じく、多くの男性がこのサロマを身に着けている。
 
 氷堂の顔を見るなり、ラメッシュは開口一番に言った。
 
「リツさん、わざわざ遠くから足を運んで下さり、本当にありがとうございます。お会いできて嬉しく思います」。
 
 スリランカは公用語としてシンハラ語とタミル語が用いられているが、国民の多くは英語を話すことができ、ラメッシュもインド訛りの英語で話しかけてきた。その言葉を聞き、氷堂も言葉を返す。
 
「ラメッシュさん、こちらこそお会いできて光栄です。ご承知の通り、パレスチナにおいて紛争が激化していることから、我々はコンテナの集積地に苦慮していました。今回貴社にご協力をいただけるとのことで、私としても大変助かりました」。
 
 氷堂は頭を下げた。するとラメッシュは天を仰いでこう言った。
 
「本当に悲しいことです。戦争はもう懲り懲りですから。このスリランカも内戦に明け暮れ、それが終わったのは2009年です。つまりまだ15年しか経過していません。内戦では多くの親族や友人が命を落としました。ですからパレスチナの人々のことを思うと、私も胸が痛みます」。
 
 そう言うとラメッシュは視線を落とした。宗教は違えど、内戦を経験した者にしか分からない痛みがあるのだろう。その様子を見て、氷堂は言葉を繋いだ。
 
「私も本当にそう思います。ただ内戦が終わった後も、スリランカ経済はいくつもの困難に見舞われたと聞いています。大変でしたね…」
 
 氷堂は感情移入を試みた。するとラメッシュも返答した。
 
 「そうですね、一時期は経済復興も順調に進んでいたのですが、中国の債務の罠に陥りました。でもスリランカ経済が破綻したのは、それだけが理由ではありません。政府は歳入に見合わない過剰な福祉を提供し、国民もそれを求めました。そして常軌を逸した農業政策が発出され、デフォルトに至ったんです。本当に残念なことです」。
 
 そう言うとラメッシュは肩を落とした。ただ氷堂はその様子を見ながら、いくつかのことが疑問に浮かんできた。なぜスリランカは中国の債務の罠に陥ってしまったのだろうか?さらに「歳入に見合わない過剰な福祉」や「常軌を逸した農業政策」とは何だろうか?日本にも共通する部分があるのではないか?と。それを知りたいと願った氷堂は、ラメッシュの話にさらに耳を傾けることにした。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、国際社会に振り回されるスリランカの人々と、日本にとっても対岸の火事とは言えない失政の数々だった。
 

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香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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