Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第85話 強制送還される外国人たち
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n2546e857f491
この話は2023年に遡る。この日、マレーシアの港湾でコンテナリース会社を営む氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、プトラジャヤにいた。プトラジャヤはクアラルンプールの南25kmに位置する都市で、マレーシアの行政の中心都市である。1990年代まで、マレーシアの中央省庁はクアラルンプール市内の様々な場所に点在していたが、交通渋滞が悪化するに連れ、庁舎間の移動や連絡に支障をきたし始めた。そこでマレーシア政府は散らばっていた庁舎をまとめて移転し、効率的な行政拠点を新たに設けようと考えた。その都市こそがプトラジャヤだ。
まず1999年、首相官邸がクアラルンプール市内からプトラジャヤに移転した。さらに2001年には連邦裁判所や王宮、そして種々の庁舎の移転が完了し、この都市は「連邦直轄地」と宣言された。現在マレーシアの首都はクアラルンプールだが、「行政上の首都」はプトラジャヤに移されており、これはアジアにおける首都機能移転の成功例として、世界から高い評価を受けている。
さてそのプトラジャヤの一角にイミグレーション、つまり出入国管理局がある。イミグレーションはマレーシア全土にあるのだが、その総本山がこのプトラジャヤのイミグレだ。氷堂はここに何度も足を運んでいる。それは自身のビザを更新しなければならないからだ。マレーシアの法律では、たとえ経営者であったとしても、ビザは定期的に更新しなければならない。通常EP(エンポロイメント・ビザ)の期限は2年で、更新の時期には様々な手続きが求められる。基本的にこういった手続きは、それを代行してくれるセクレタリー会社に依頼しているのだが、本人確認のために、自ら足を運ばなければならないことも少なくない。
加えて氷堂の会社では、外国人労働者も社員として雇用している。マレーシアの港湾は巨大で、そこには約18,000人もの就労者がいるのだが、その約9割は外国人労働者で、バングラデシュ人とパキスタン人が大半を占める。氷堂の会社にも数名のパキスタン人がおり、彼らのビザ申請手続きのためにも、このプトラジャヤへ足を運ばなければならない。ただプトラジャヤはお役所仕事の典型のような場所で、アポイントメントを取ってあるにもかかわらず、数時間待たされることも少なくない。氷堂にとってのプトラジャヤは、来たくないが来なければならない、鬼門のような場所だ。
さてこの日、氷堂がイミグレを出たのは昼12時前だった。この日、氷堂と行動を共にしていたのはセクレタリー会社の担当者のナンシーで、彼女はマレー系ムスリムだが、的確に書類を仕上げる上に、政府関係者とのコネクションも有している。この時間で早めに切り上げることができたのも、間違いなく彼女がいたおかげだ。
ところで二人が駐車場に着いた時だった。4トン程度のトラックが近くの駐車スペースに停まった。すると最初に運転席と助手席から警官が降りてきた。次に5~6名の別の警官がトラックに近づくと、荷台を開けた。驚いたことに、何とそこには人間がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。恐らく30名はいると思われる。見たところ、全員が南アジア方面の外国人と思われる。
警官たちは男たちを数名のグループに分けると、イミグレの建物の方向に連れて動き出した。そして何やら大声で叫んでいる。その声に促されるように、外国人たちは1列になって歩き出した。そしてあっという間にイミグレの建物の中へと消えていった。わずか3分ほどの出来事であったが、急な出来事に氷堂は呆気に取られてしまっていた。ようやく我に返った氷堂は、隣にいたナンシーに尋ねてみた。
「凄かったですね…あれは一体何だったのでしょうか」。
するとナンシーは答えた。
「リツさんも驚いたでしょう。強制送還ね。彼らは不法滞在者で、普段は収容センターにいるんだけど、このプトラジャヤに来たということは、最終手続きをしに来たところよ。彼らはこれから母国へ送り返されると思うわ」。
驚く氷堂は対照的に、ナンシーはニコリと微笑んでいた。イミグレーションに毎週のように足を運んでいる彼女にとっては、こういった光景も日常茶飯事なのかもしれない。しかし大勢の移民が運ばれていく様子は、明らかにこの美しいプトラジャヤの街並みにそぐわないものだった。そして氷堂自身も興味が湧いて来た。あの外国人労働者たちは、なぜ不法滞在者になってしまったのだろうか?この先、どんな未来が待ち受けているのだろうか?と。それを知りたいと思った氷堂は、ナンシーからさらに話を聞くことにした。しかしその後に知ることになったのは、マレーシアが不法滞在者で溢れるようになってしまった経緯と、簡単には彼らを排除できない複雑な背景だった。それは今の日本にも共通している難題だった。
ここから先は
ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?